本がつなぐ絆~ハーブヨガスタープランナー2018

日々、幸せの種まきをテーマに活動しています。

アトリエ百和(yuwa)の新井百合子です。

ハーブヨガスタープランナー2018

2月のリトリートアイデア:Tune-in Reading読書会をしてみよう

こちらについて、実施したことをシェアします。

まず、私が所属する図書ボランティアグループの皆さんに、自分の好きな本のシェアをしませんか?と、提案しました。

普段、子ども達に読み聞かせを行っている皆さんなので、好きな絵本のタイトルは、パッと思いつきます。

今回は、敢えて絵本ではなくてもOK。

自分が学生時代に好きだった本、子どもの頃に出会った本、詩集や写真集など、お話しではない本でもOKにしました。

結果的には、絵本がほとんどでしたが、自分の過去に好きだった本を思い起こすことで、様々な記憶や感情がそれぞれの内側で感じられたのではないかと思います。

私自身も、子どもの頃、寝る前に、母親にお気に入りの絵本を読んでもらったことを思い出しました。

「もう一回読んで!」と言って、なかなか寝なかったな…とか、寝転がったときに、目に入る天井の木目が、人の顔みたいだったな…。お気に入りの絵本だったのに、タイトルを間違えて覚えていた!など様々な発見がありました。

また、参加した皆さんには、お勧めの理由や、その本で一番好きな一文をシェアして頂きました。

シェア後の感想

・紹介された本を全部読んでみたいと思った

・自分も好きな本が紹介されていて嬉しい

・好きな作家の美術館があり、作家本人による朗読があることを知ることができて良かった

・素敵な本が世の中には、たくさんある!

・皆さんの本が好きな気持ち、お子さんへの愛情が伝わってきて、とても温かい気持ちになった

ずっと一緒に活動してきたメンバーですが、自分の好きな本をシェアすることで、更につながりを深めることができました。

◆今回のシェアの中から、私が一番印象に残った本をご紹介します。

「おいたてられた2匹のカエル」 作・絵 とだ こうしろう

2匹のカエルが住んでいた池が埋め立てられ、見つけた住みかを、次々と追い立てられてしまいます。2匹は、綺麗な水のある場所を探し出し、幸せに暮らすことができるのか…?

大人も、子どもも、一緒に自然環境について考えていこうと思える絵本です。

◆最後に、今回のシェアには、入っていませんが、ハーブヨガや、ハーブボールSPAセラピーを行っていく中で、参考になると感じた本をご紹介します。

「子どものしぐさはメッセージ」著者 山上 亮

野口整体、シュタイナー教育をベースに、整体ボディワーカーとして活動する著者が、何気ない子どものしぐさを見つめ、そこに潜む意味や、要求をエッセイ形式で書き綴っています。

可愛いらしい挿し絵は、もちろん、目次をみると…のぼる とびおりる ころがる こわす などなど、並んだ言葉を見るだけでも、楽しい感じがします。

描くTune-inも、子どものエネルギーが溢れる感じになりました。

子育て中の方はもちろん、かつて、子どもだった皆さんも、様々な子どものしぐさに「こんなこと、自分もやってた!」と感じられると思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アトリエ百和(yuwa) の新井百合子です。 自宅サロンや、イベント出店をメインに活動しています。 よろしくお願いいたします。

卒業式に貧血でバタバタと倒れる子供たちを見て決意したこと

「え、また!大丈夫なの!?」

息子の卒業式の時の話です。

 

次々に小学生の生徒が先生に抱えられ、運ばれて行きました。

真っ青になって貧血で倒れ込む子たちが1時間ちょっとの式典の間に3・4人にも登りました。

私達夫婦は、気が気じゃなくなりました。

「やっぱり、子どもたちを強くする責任は私達にある!」

と。

田舎出身の私達夫婦は、体育の授業は嫌いでしたが、思えば、山猿のように里山や畑を駆け回っていたな、と自分たちの子どもを育てながら思い出すのです。

なぜなら、都会に生きる私達の地域の子どもたちは、縦横無尽にはしゃぎまわることを制約されて暮らさざるをえません。

また、スマホ文化がそれを加速させ、今は赤ちゃんでもスマホ画面に夢中になっている時代です。

「こんなことじゃいかん!」

 

私達夫婦が走り始めたのも、子どものよきお手本になりたい、という部分があったからです。

走り始めようなんて、実は、思ってもいませんでした。

でも、自転車をやめてまずは歩くようにし始めたら自然とどんどん歩けるようになったのです。

今まで、自転車ですら億劫で仕方なかった場所まで、あっという間にたどり着けるようになったし、

自転車では、見逃してしまうような景色をしっかりキャッチできることが楽しくなったのです。

そして、何より息子も一緒に歩くことを楽しんでくれるようになったのです。

 

休みの日にはテレビやスマホばかりやりたがり、運動不足になることを懸念していた私達、親にとっては大きな収穫です。

歩いている間に、たくさんお話をして、同時に息子も足腰を鍛えられることを一番嬉しく思うのです。

そして、私達は、3月11日に東北復興支援のチャリティマラソン大会があることを知って思い切って申し込んだのです。

息子にも走ることの楽しさを教えたいと思い、これを機に走ることを決意したのです。

すると、スロージョギングという方法があることを知り、世界観が変わりました。

苦しいペースでも、笑顔が保てるペースで走っても使うカロリーに殆ど変わりはないということ!

けれども、同じ距離を歩くのとは比較にならない程、足腰が鍛えられカロリーを消費できること!

しかも90歳の老人であっても、今すぐにスロージョギングを始めて健康になることができるほど、体に負担がかからないこと!

これなら走った方が絶対お得だわ!と目からウロコが落ちました。

そして、走ることの楽しさを初めて知りました。

というか、思い出したのです。

それは、子どもの頃、学校から帰ってから一人で田舎の花や緑の中を駆け巡っていた頃のような楽しさだったのです。

今は、満開の桜をあちこちに追いかけながらジョギングすると、東京の街にもいくつもの梅・桃・桜などの美しい木が植わっていることを発見出来ました。

こんな素晴らしい季節に走らないなんて、もったいない!と心から思います。

 

ジョギングしていると、子どもたちが何かのトレーニングのために走っているのを見かけました。

「頑張ってー!」

と親たちの声援を受けながら、本当に苦しそうに顔をしかめながら競争しているのです。

これを見て、また自分の過去がフラッシュバックしました。

そうそう、だから、体育の授業が嫌いだったんだよな。

誰かと競争して勝てなければ運動することに意義を見いだせなくなる。

そんな教育を受けてきてしまった・・・。

でも、「そんな教育は私達の世代で終わりにしたい」、今はそう心から願うのです。

 

運動することは楽しいことなんだよ!

体を動かして世界の鼓動を感じよう!

体の躍動を感じよう!

そのためだけに体を動かせばいい。

誰かに勝つことでも負けることでもなく、遅いことも早いことも関係ないんだよ!

ハーブヨガワークアウトではこれを伝えたいんだ!

 

だからこそ、今、私は体を動かすことの楽しさを伝えられる仲間を増やしていきたいのです。

運動の楽しさを知れば、運動を習慣にできるはずです。

そうすれば、貧血で倒れる子どもたちもいなくなるはず。

運動の楽しさを知った子ども達が大人になったら生活習慣病で悩むリスクもグッと減るでしょう。

このビジョンに共鳴する方は是非、ハーブヨガワークアウト45日ティーチャー養成講座でまずは自分の肉体が変わる喜びを感じて下さい。

その喜びはきっと、世界を変える力になります。

国際ハーブヨガ協会の公式アカウントです。宗冨美江(Fumie MUne)と宗健太郎(Kentaro Mune)による共同執筆の記事となります。

第4章 指導法のビジョン:ハーブヨガを指導する人のエキスパタイズとは?

ハーブヨガ指導者のためのワーク

ハーブヨガを指導している人、そして、ハーブヨガを学び、将来は指導者として活動したい人のためにこのセクションを設けています。

しかし、体質改善をしたい人や人生を変えていこうと模索している人にも大きな意味を持つ章となりますので、是非、ご参考にしてください。

さて、ハーブヨガを指導する人のエキスパタイズとありますが、エキスパタイズという言葉は「職能上の専門性」という意味があります。

ここではハーブヨガを実践し、広めていく立場として、発揮すべき能力とはなんだろうかということについて、あなたと一緒に考えていきます。

 

ハーブヨガ指導者がどんな役割を持っているのか、活動する上でどんな専門性を発揮すべきなのかを理解することによって、ハーブヨガの持っている特性が理解できます。

その結果、実際にセラピストとして活動する際にも迷うことなく活動できるのです。

それでは最初に言霊ワークをして頂きたいと思います。

「ハーブヨガの指導者という役割を通じて、天は私にどんな使命を与えているのでしょうか?」

これについて、実際に今、紙と鉛筆を用意して3分間ほど考えてみましょう。

特に指導者の方は、今すぐにやってみましょう。

よろしいでしょうか?

ハーブヨガの指導者という役割を通じて、あなたは人生で何を使命として与えられているのか、実現したいのか、あなたの内側では様々なアイデアがでたと思います。

国際ハーブヨガ協会のモットー

ここで一番参考になるのは、ハーブヨガを指導している指導者たちの協会である国際ハーブヨガ協会のモットーというものです。

これは“私達は世界のハーブです。世界は私達のハーブです”というものですね。

このモットーというものが、ハーブヨガの指導者の役割を特徴づけているものだと言えるのです。

これはとても綺麗な言葉ですよね。しかし、これはただの雰囲気だけの言葉ではありません。

「人生に恋をする」という言葉でもそうですが、こういう美しい言葉やわくわくする言葉は、ともすれば表面的に癒やされてしまうだけで終わってしまいます。

しかし、この“私達は世界のハーブです。世界は私達のハーブです”という言葉は何年もの活動を経て行動の原則(モットー)として形作られたものです。

ここには様々な意味と思いが込められています。

第1章ではこの言葉を実践者の側面からお伝えしましたが、指導者にとってはどんな意味があるでしょうか?

まずは「世界を私のハーブにする」ということについて。

これは自分の人生の出来事すべてから学び、自分を成長させるハーブにしてしまうことと言えます。

そして、「私が世界のハーブになる」というのは、私に関わる全ての存在、私が経験する全ての出来事、そして、私が実際に触れるすべての対象が他者にとっての癒しと気付きの源泉(ハーブ)になるということです。

ハーブヨガを実践するということは、この2つを意識して生きているということでもあるのです。

生き方のビジョンがなければ、それはヨガではないということ

そして、私達、ハーブヨガ指導者にとってハーブヨガを指導するということは、一般的なヨガクラスやセラピーとは違って、そのクラスの時間だけ、或いは、そのサービスを提供している時間だけ、ヨガやセラピーの教えにコミットしていればいいというものではないのです。

ヨガの本質は普段の習慣や、その背景にある生き方のビジョン によって構成されています。

生き方のビジョンがなければ、それはヨガではありません。

伝統的なヨガでは「心と体をつなぐ」という視点から生き方を提案します。

そして、ハーブヨガもこの流れを汲んでいて、心と体をつなぐ視点から、「ハーブ」という視点から生き方を提案するのです。

あなたがハーブヨガセラピストであれ、トレーナーであれ、ヨガという名前が付いている活動にコミットする限りは、24時間、365日の生き方こそが大切であり、クラスの場はその延長線上にあると考えるべきです。

ハーブヨガの指導者には、他者に癒しと気づきをもたらす存在であるハーブとしての役割が求められています。

ハーブヨガにおいては、その指導者の「今、ここ」の人生の質とクラスにおける技術の質は比例すると言って差し支えありません。

そのつもりで、今の目の前の瞬間に取り組んで下さい。

「私達は世界のハーブです、世界は私達のハーブです」という言葉は指導者にとっては大きな覚悟を要請します。

だからこそ、ハーブヨガの指導者は一隅を照らす存在になれると私達は考えています。

この姿勢は自分自身に創意工夫と向上心を要求する姿勢です。

見る人によっては厳しい姿勢であるように思うかもしれません。

また、これは現時点で存在する一般的なヨガ指導者の感覚とは大きく異なっているとは思います。

しかし、ハーブヨガはただの気晴らしや、その場限りの癒しを提供する健康体操ではありません。

だからこそ多くの人が何かを感じ取って実践してくださっているのだと思います。

そして、この向上と創意工夫の姿勢は厳しいように見えて、実際に行なってみると、これほど楽しい物はないことに気付くはずです。

人は自分の中に、或いは世界の中に未知なる部分がある時に初めて、今まで以上の実力を発揮し、その喜びに打ち震えることができるからです。

国際ハーブヨガ協会の公式アカウントです。宗冨美江(Fumie MUne)と宗健太郎(Kentaro Mune)による共同執筆の記事となります。

ハーブヨガを行うからこそ視野に入れておきたい社会の中の習慣

自分自身の行動が自然環境や社会構造にどのように影響を与えているのかを考えて行動する

今後、時代は確実に環境と融和していく方向に変わっていくでしょう。

例えば、食事にまつわる言説は過去数十年で大きく変わりました。

昔ながらの乾物を買おうとすると、そのパッケージにちょっとしたレシピが乗っていることがあります。

「醤油・酒・化学調味料を適量加えてよく煮込む」というレシピです。

しかし、今の時代、化学調味料を使うレシピ本は少なくなっています。

実際に家庭で化学調味料を使う機会は30~40年前に比べると随分減ったのではないかと思います。

 

私たちの親世代や祖父母の世代が若かった頃は科学全盛時代です。

化学調味料はそれこそ未来の素晴らしい調味料であり、お漬物にでも、味噌汁にでもいれるという、そんな時代だったんです。

集団主義がまだまだ通用した時代ですから大手企業がこれだといえば、それに従う時代です。

消費者の大半が自分で自分の健康について考えることなどなかった時代だったとも言えます。

今の時代はその頃に比べると、食事についての意識は変わってきました。

現代は化学調味料を使うよりも、もっと手間ひまをかけた料理が喜ばれる時代です。

しかし、グローバル化はさらに進んでいますから、もっと広い部分まで見ていかなければならない時代になっています。

これが「自分自身の行動が自然環境や社会構造にどのように影響を与えているのかを考えて行動する」という習慣なのです。

 

自然環境に配慮することについては先程から述べていますが、社会構造に配慮することとは何かというと、あなたの行動が社会的な弱者をさらに叩いていないかを気をつけることです。

例えば、途上国における子どもの人権の問題、女性の人権の問題などが挙げられます。

世界中の国々で膨大な問題がありますが、自分の行動によって少しでも解消につなげるにはどうしたらいいのだろうかと、まずは考え、想像してみることです。

そして、自分ができることを試してみましょう。時代の変化を指をくわえて見ているのではなく、率先して時代に参加することがハーブヨガ実践者の役割なのかもしれません。

経済構造における所得配分についても問題はたくさんあります。

あなたの行動が経済的な不均衡であるとか、途上国における貧困を助長していないかを考え、行動する必要があるのです。

ある日本のメーカーが中国で非常に安いTシャツを作っている会社も多いのですが、以前、東洋経済のオンラインニュース の記事で、香港のNGOが労働環境の酷さを告発していました(*)。

室温30度以上の工場の中に排水が流れ、粉塵が舞い、最低賃金で毎月100時間以上の超過労働をしているそうです。

こんなふうにして安いTシャツが日本でも売られているわけです。

今の時代は安く売れることは善だとされていますから、どこかに皺寄せを起こしてでも安く作れることはいいじゃないかと思うかもしれません。

しかし、あなたがそのTシャツを買うことで、過酷な労働環境を応援することになります。

途上国で労働福祉を無視して安く作らせて、利潤を得るという経済構造が今までずーっと続いています。

これが現代の常識とも言えるのかもしれません。

 

しかし、未来人からすれば、「昔はものすごく途上国の人たちを搾取していたんだな」と非難されることになるでしょう。

これは私たちがイギリスの産業革命初期に子供たちが炭鉱の中で石炭を積んだトロッコを運んでいた時代をみるような感覚です。

今の日本は物価が安い国です。ものの価格も、食事の価格もかなり安いです。

場合によってはタイや中国のほうが高物価であるように感じます。

しかし、私たちの賃金はタイや中国に比べるとまだまだ平均的には高い水準です。

日本の物価が安いのに、賃金は高い。

どうしてこんな現状が起きているかというと、全部、他の国で最低限の環境で作らせて持ってきているからなのです。

物流と情報の革命によって、物価は年々下がり続け、タオルやシーツのような生活必需品の価格も下がっています。

しかし、その背景には中国やインド、東南アジアの国々で過酷な労働環境で働かせていたり、環境投資をせずに土地を汚染したりという現状があります。

勿論、自分の行動が他者にどのような影響を与えるかを完全に知ることはできません。

そして、人間が行動すれば必ず何らかの環境負荷があります。

社会は入り組んでいますから、自分が無意識にしたことがいつの間にか誰かを傷つけていることもあるでしょう。

しかし、それで諦めているのではこの時代に生まれてきた意味がありません。

まずは正しく観察し、正しく知ろうと心がけることです。

そして、他者と気づきをシェアし、できることから何らかの行動を始める必要があるのです。

*「ユニクロ”残酷工場”で何が起きているのか」:苛烈な労働環境を告発したNGO会見の詳報 記事:冨岡 耕 (東洋経済 編集局記者) 2015年01月16日 http://toyokeizai.net/articles/-/58144

国際ハーブヨガ協会の公式アカウントです。宗冨美江(Fumie MUne)と宗健太郎(Kentaro Mune)による共同執筆の記事となります。

世界と対話し、触れ合うための習慣

世界と対話する習慣とは?

次に紹介したい生活習慣が、「世界との対話」です。

これは簡単にいえば、自然と向き合う習慣です。

例えば、植物を育てることや、オーガニックハーブを使うというものですね。

これはすでに実践されている人もいるかも知れません。

これはあなたの体へプラスの影響をもたらすだけではなく、あなたの意識の中にある「環境に配慮した私でありたい」という思考を強化して、具体的な形で表明することを実現してくれる習慣でもあるのです。

 

今の時代、オーガニックであることや環境にやさしいことは良くも悪くもブランドです。

多くの場合、オーガニックとか、有機とか聞くと、ポジティブな印象を受けるでしょう。

しかし、それを消費するだけだとしたらそれはハーブヨガ的ではないと私達は考えます。

オーガニックなものを選ぶことで、地球環境が美しくなり、それに繋がっている私の体も美しくなる、という感覚でオーガニックのものを選んでほしいと思います。

或いは、それを作っている人が健康になるという部分があってオーガニックなものを選ぶという姿勢でもあります。

もし、あなたが体質改善をするとして、自分の健康のためだけにオーガニックなものを選ぶのだとしたら、それは結局の所、長期的な体質改善をもたらさないと私達は考えます。

なぜかというと、自分が他者と繋がっているという意識があって初めて、本当のあなたというものがあるからです。

世界から切り離された個人というのは不自然なものであって、自然治癒力が継続的に発動することはないのです。

あなたが自然とのつながりを考えて、社会とのつながりを考えて、身近な人間関係も考えて・・・と考えていった結果として、オーガニックなものを選んだり、植物を育てたりした時、そこには一つの大きな円(エコシステム)が生まれます。

上図:自然界での窒素の循環図:大気の窒素(N)が様々な生物に取り込まれ、やがて大気へと戻っていく様子がわかる

 

私たち生き物はこういった自然の循環の中で生かされていることを知るためにも、この世界との対話で紹介しているような習慣の実践が必要なのです。

ただ自分自身が美しい花に囲まれていたいという理由だけで植物を育てていると、虫がいたら化学農薬をすぐにかけてしまうかもしれません。

しかし、それが蓄積すると土壌汚染につながり、下水を通じて世界中に広がっていくことになります。

自分が自然の美しさを享受したいと思う気持ちが、逆に自然を破壊することにつながるのです。

ハーブヨガと自然

日本では水質浄化に多大な税金をかけて飲める水を作っています。

しかし、今度の経済は少子化のためにどう考えても財政は縮小傾向にありますから、下水事業も今後は何らかの改革を求められる用になるでしょう。

最悪の場合は、下水だけではなくゴミなども処理が追いつかなくなることです。

実際に財政破綻した北海道の夕張市ではゴミがそのまま放置されることが起きています。

今後はゴミの回収可能量がより少なくなることもあり得ますし、世帯ごとに排出量制限が課されるようになるでしょう。

これはゴミを焼却処理するお金と同じかそれ以上に、ゴミ回収のための人件費や車両にお金がかかっているからです。

だったら、経済成長をするべきという人もいるかもしれませんが、燃やす以前に考えるべきこともあるはずです。

まずは一人一人がゴミを減らすことを本気で考えて、実践する時期に入っているのです。

これはメディアに煽られて「このオーガニックハーブがいい」と消費するだけで解決できることではないのです。

 

余談ですが、テレビでも園芸関係の番組を行っているものがありますが、その中で詳しくは雑誌を読もう!と紹介されます。

そこで、趣味の園芸の雑誌を読んでみると、バンバン化学農薬や化学肥料の広告が出ているのです。

バラはこの農薬を使って、この化学肥料を使ってということが前提になっているのです。

アジサイであっても、野菜であっても同じように化学肥料や農薬を使うことを前提にしているのです。

このように植物を育てるといっても地球環境の為ではなくて、「美しいもの」「美味しいもの」の消費が目的になっているのです。

あなたの土壌や地下水が汚れても構わない、今は無視しましょうという発想です。

だから、自然とつながるといっても、その裏にどんなことが起きているかを見定めなければなりません。

それができなければ自然が好きで植物を育てながら、環境破壊に加担しているという本末転倒な状況になりかねないのです。

私たちがどんな行動をとっても、すぐに社会構造の中に絡め取られてしまいがちだからこそ、細心の注意が必要なのです。

国際ハーブヨガ協会の公式アカウントです。宗冨美江(Fumie MUne)と宗健太郎(Kentaro Mune)による共同執筆の記事となります。

情報のインプット/アウトプットについての習慣

現代社会は情報の取り扱いについてまだまだ未成熟

この7つの習慣と平行して意識するのが、情報のインプット/アウトプットについての習慣です。

現代社会を生きる私達はそれこそ呼吸をするようにたくさんの情報を無自覚にインプットして、そして、無自覚に人にぶつけています。

この情報に対して無自覚な姿勢を正していく必要があります。

今は情報の洪水が始まった黎明期にいます。

殆どの人はそれに慣れていませんから、情報についてのスタンスを固めて、それを実践する人は少ないのです。

どちらかと言うと情報に溺れている人ばかりです。しかし、将来的には情報を過度に摂取することは異常であるように言われるようになるでしょう。

これは別に特殊な話ではないのです。

たとえば、ここ数十年は食べ物について配慮する時代になりましたね。

例えば、半世紀前は水なんて水道水で十分だという人がほとんどでした。

その時代に容器入りの飲料水を買うなんて言うと、奇異の目で見られたり、笑われたりしたでしょう。

しかし、今ではミネラルウオーターを買う人はものすごく多くなっています。

半世紀で自分が体に取り込む水についての意識は大きく変わっていったことが分かりますよね。

情報の過剰摂取は食べ物の過剰摂取と同じであること

食べ物の摂取についての意識が変わったのと同じように、情報の摂取についての意識も変わっていくでしょう。

食べ物の場合、食べ過ぎるとお腹が膨れるので、頭の回転は遅くなり、身動きがとれなくなります。

経済的にも負担になりますし、慢性的な過食は身体を害してしまいます。

だから、「ああ、食べ過ぎはよくないな」とみんなわかるわけです。

しかし、情報の場合は量的に見えませんから、いくらでも投入していいと思っている人が多いのです。

自分の脳に殆ど無尽蔵に情報を入れても「別に平気だ」というふうに思っちゃうわけですね。

しかし、ここには大きな落とし穴があるのです。

これは無自覚にBGMとしてテレビやラジオを付けることも含まれます。

ほとんど聞いていない場合であっても、私達の潜在意識は全部その情報を拾っています。

その結果、テレビやラジオの伝えているとおりに考えたり、行動したりしてしまうのです。

私達は継続的な情報のインプットがあると、その情報の方向に無意識的に行動してしまうという特徴があります。

例えば、テレビコマーシャルで流れている商品は流れていない商品に比べて安心感と親近感をもたらします。

店頭でいつも見かけるという理由だけでなんだか欲しくなってしまうのです。

或いは、「知っている」というだけで買ってしまったりするのです。

これはインターネットでも同じです。

ウェブの世界は基本的にフリーの世界ですから、広告はより頻繁に現れます。

勿論、広告をクリックしなくても、その広告の世界像に影響を受けてしまうのです。

大昔、中国では不老不死の薬として水銀を使いました。

今では水銀には恐ろしい毒があることを知っていますが、当時はそれが理解されていなかったのです。

情報についても同じです。

現代人は無自覚に毒をとっている可能性が非常に高いのです。

いや、むしろ沢山の情報を摂取することを良いことだと考えているケースもあるでしょう。

しかし、私達の子孫は今の私たちの情報の接し方を見て、「昔の人びとは恐ろしいほど沢山の情報に無防備にさらされていた」と思うことでしょう。

だからこそ、私たちは情報の摂取にもっと注意を払わなければならないのです。

「Garbage in, Garbage out」の原則

私達は情報の海の中を漂流しています。

これまでのどんな先人達もこんなことを体験したことはありません。

未曾有の変化が今起きている。

それぐらいの自覚を持って、自分に入って来る情報を吟味する必要があるのです。

あなたが情報を取捨選択するにあたって、「Garbage in, Garbage out」の原則というものがあります。

これは頭にごみをいれたら口からごみが出てくるという、すごく簡単な話です。

つまり、あなたが頭のなかに入れる情報によって、あなたの口から出てくる情報が決まるのです。

これは自分の関心のある情報以外はシャットアウトし、自分にとって都合のいい情報だけを歓迎するという排他的なものではありません。

この「Garbage in, Garbage out」の行動原則を知ると、あなたはあなたの触れる情報の一つ一つに気づきを入れられるようになるのです。

例えば、あなたがどこかに行くとしても必ず何かの看板や、テレビの画面や、スピーカーから流れてくる情報に触れることになります。

しかし、この行動原則を通じて、日常的に情報とのつきあい方の姿勢を決めておくと、「あぁ、今の私はこのような情報に触れているな」と冷静に観察できるのです。

無自覚なままだと、ただただ情報に踊らされて、感情をかき乱されて終わりなのです。

電車の広告などでも情報選択の習慣ができている人は「批判的な言葉があるな」と客観的に観察して終わりですが、できていない人はすぐに「~~はけしからん」とか「~~は悪い人だ」というように情報発信者の思惑に飲み込まれてしまうのです。

基本的にマスメディアの言葉というのは情報のプロが作っていますから、興味を引くようにできています。

彼らは今のあなたの心配事すらも掻き消えるほどの言葉とイメージとは何かを常に研究しています。

普通にしていたら素人の私達は負けてしまうのです。

だからこそ、自分の軸を持って情報を眺めるという習慣を作ることで、他者からの無用な操作から離れて、あなたの軸を通じた行動ができるようになると思います。

アウトプットするときの言葉についての習慣

では、私たちが言葉をアウトプットするときにどんなことについて心がければいいのでしょうか?

ホ・オポノポノのクリーニングの言葉「ありがとう」「ごめんなさい」「許してください」「愛しています」の4つをベースにコミュニケーションを組み立てるというのは、あなたの潜在意識に余分な砂嵐を溜め込まないようにするためにオススメできる言葉の習慣です。

これはクレドサークルでも紹介していますので、そちらを参照するとよいでしょう。

潜在意識をクリーニングする方法【ヨガ指導・セラピー施術を向上させるクレドサークル 第10回】

これに加えて、紹介したい言葉の習慣があります。

それがあなたが家庭生活の中で、どんな言葉を使っているかを観察することです。

これはあなたの潜在意識を知るために非常に効率がいい方法です。

その理由はパートナーや家族との対話の中で、あなたは自分の口癖を発見することができるからです。

或いは、相手の口癖から自分との思考の違いを発見することができるようになります。

その結果、あなたの思考だけではなく、それの元になったあなたの家族の思考パターンというのも分かるようになるのです。

例えば、宗健太郎の口癖には「どうしたもんかね」というものがあります。

これはちょっと困ったことが起きた時に口にする言葉なのですが、彼の家族では日常的に使われている言葉です。

つまり、健太郎の言葉ではなく、彼の家族の言葉なのです。

冨美江の家族の場合には、このような言葉を使うことはありません。

困ったことが起きた時には誰に責任があるのか、解決するにはどうしたらいいか、というような流れになります。

これはどちらがいいとか、悪いとかそういう話ではなくて、家族の言葉の差異を知ることによって、自分自身がわかってくるのです。

そうすれば、相手との考えかたに違いがあるときに、それを責めるのではなく、背景をたどって笑うことができるようになります。

笑いによって、相手の存在を祝福し、同時に自分自身も祝福されるのです。

国際ハーブヨガ協会の公式アカウントです。宗冨美江(Fumie MUne)と宗健太郎(Kentaro Mune)による共同執筆の記事となります。

ハーブヨガの生活習慣の基礎:三大欲求と対話しよう

さて、生活習慣について考えていきましょう。その基礎にあるのが三大欲求への理解です。

三大欲求とは食欲、睡眠欲、排泄欲(性欲)といわれます。

その波を知って愛情をかけることが生活習慣のための基礎習慣です。

これは書籍『ハーブヨガでデキル』の中でも解説しています。

まずは最初に紹介した「セルフチェックシート」などを用いて、これらの要素について一つ一つを言葉にして、愛情を払っていきましょう。

その結果、「世間がいいと言っているからこういう生活習慣にしよう」という返報性の執着 から来るものではなくて、一つ一つの行為についてTune-inし、体と対話し、そこから生まれてきた気づきと対話することができるようになります。

砂嵐の部分でも解説しましたが、三大欲求の波は私達の心と体にものすごく大きい影響を与えます。

これは私たちの内側にある自然そのものだからです。

この内なる自然を甘くみてはいけません。

私達は自分のことを理性的な存在だと思って、「私は大丈夫」だとか、「私は全部自分のことコントロールしている」と勘違いしがちです。

しかし、実際にはお腹が減ったら何もできないし、寝ないでいたら集中力は格段に落ちてしまいます。

つまり、三大欲求の波が崩れると、簡単に人格や能力は破綻してしまうのです。

私たちはそのぐらい内なる自然に対して脆い存在なのです。

よって、三大欲求の波は慎重に扱わないといけません。

きちんと愛情をかけて、機嫌をとってあげないといけないのです。

これは自然とも言いましたが、潜在意識そのものともいえます。

そのため三大欲求はコントロールしようとしても無理ですから、対話して愛情をかけることがハーブヨガの特徴です。

ハーブヨガの基本的な7つの生活習慣

生活習慣についてのよくある質問として、「ハーブヨガの生活習慣は具体的にどのようにすればいいですか?」「何から始めればいいですか」というものがあります。

これは特に書籍の中でも解説していますが、その中で特にオススメしたいことがいくつかあります。

以下に最低限行うと良い習慣について解説しましょう。

まずはTune-inの習慣である自然を観察することです。たとえば朝起きて、窓を開けて風を感じること、光を感じること、鳥の声を感じること。あなたの生活の中で自然を感じ、観察してください。

次に、玄米粥と野菜豆乳ジュースを作ることです。これも慣れれば五分位でささっと作れてしまします。玄米は1回炊く際に5合ぐらい炊いて冷蔵庫に入れておいて、使う分だけ鍋に入れれば作れてしまいます。よくある質問ですが、玄米粥を紹介すると「玄米を毎朝炊くんですか」と聞かれます。そういう時にはタッパーに入れて保管する方法や冷凍庫で必要な分だけ凍らせて解凍して使う方法を試すようにして下さい。野菜豆乳ジュースは市販の豆乳を買わなくても、一人あたり50グラム程度の煮豆から作ることが可能です。そのほうが大豆全体を食べることができますので、一物全体の原則にかなっています。

排泄の習慣は「まずはトイレに座ること」から始まります。私たちは食事と同じように、排泄を日常的に意識することが大事です。ハーブヨガの実践者の鉄則というのは一日に3回の排便です。これは勿論、しっかりした形状でなくてはなりません。一日三回を達成するためには、排泄の波への気づきが常に入っていなければ難しいです。

体の習慣でいうと、まずは脱力をすることです。ハーブヨガで行なう脱力というのはただのリラックスではありません。しっかりとした呼吸法と身体の使い方によって成立しています。ハーブヨガセラピストのクラスに参加された方であれば数回程度で脱力の基礎的な習慣を日常的にできるようになります。そして、丹田呼吸も暇さえあれば行います。特に体が冷えた時などに実践するようにしましょう。

次の習慣はハーブボールを蒸すことです。電子レンジで例えば1分半位、ラップで包んだり、シリコンスチーマーを使ったりして蒸すことで、熱々のハーブボールを楽しめます。これはたかだか数分間の「蒸す」習慣ですが、その結果、ハーブヨガを行なうことにつながっていきます。ハーブヨガの実践を習慣にできない場合、まずはハーブボールを蒸すことから始めればいいのです。ハーブボールを蒸して使わない人などいないからです。また、どうしても習慣にできない初心者は厳格に60分のハーブヨガのセッションをやらずに、例えば肩が疲れていたら肩に当てることだけでもいいでしょう。まずはハーブを使って癒されるという習慣を身に着けることがスタート地点になります。日常的に使うことによって、最初は肩凝りを癒すためだけにハーブボールを使っていた人も、肝臓のアーサナなど高度な使い方を始めるようになるのです。

最後の習慣というのは他者と触れ合い、対話をすると言うものがあります。これは人間関係の習慣ですが、同時に三大欲求にまつわる習慣でもあります。

あなたの人生を変える4分間の法則

この5分間の習慣を丁寧に毎日積み重ねていくことによって、心と体は変わっていきます。

1時間の習慣を毎日行おうとすると、中々習慣にならないことが多いです。

しかし、1分半蒸すだけでいいんだと理解していれば、まずはやってみようと思えるようになります。

最初の一歩はどんな人でも怖くて難しいものです。

だからこそ、そのファーストステップを気楽に踏むようにすることが大事なのです。

人間には4分間の法則というものがあります。これはどんなにやる気がない時でも、「とりあえず、4分間だけ」行なってみると、集中力が持続するようになるという法則です。

この法則があるため、私たちはまずは5分間を積み重ねましょうとアドバイスをしているのです。

ハーブボールを蒸して、適当に方に当てているとすぐに5分ぐらい経ってしまうでしょう。

でも、ハーブボールの熱はまだまだ持続しますから、ハーブボールが温かいうちにまだ何かをしようという心理が働き始めるのです。

習慣を身につけるための東洋の知恵は守破離です。

まずは徹底的に身に付けることが大事です。

皆さんは自分のことを精密機械だと思って、この7つの習慣をとにかく実践しましょう。

本当に5分だけやってやろうと思って実践すれば、その後に続くスイッチが入ってしまうのです。

これらの7つの習慣とは人生に愛情を掛ける習慣です。

これを徹底して実践することで、潜在意識にあるアンテナがパァーっと開いて、どんどんあなたの習慣に連動することがらを潜在意識が拾い始めてくれます。

あなた自身は深く食事について考えていなくても、野菜ジュースと玄米粥の習慣を身につけるだけで、食事についての様々な情報が絶好のタイミングで入って来るようになるのです。

これが本当の意味でのシーディングであり、行動によるシーディングだと言えます。

毎日の習慣を通じて潜在意識に種を落として、勝手に種が育っていくことになります。

あなたが習慣を実践することは、一度落とした種にお水をあげて、肥料をあげてというケアに値するのです。

あなたの人生はあなたの習慣によって耕されるのです。

国際ハーブヨガ協会の公式アカウントです。宗冨美江(Fumie MUne)と宗健太郎(Kentaro Mune)による共同執筆の記事となります。

Seeding瞑想の習慣を一挙に解説します

Seeding瞑想のビジョンと日常での実践法

ハーブヨガクラスの最後にはSeeding瞑想を行います。これにはどんな意味があるのかを30秒程度考えてみましょう。

Seeding瞑想は自分の潜在意識に気づきを植える付ける習慣です。

坐法までの習慣で得られた気づきを潜在意識に埋め込んでいくプロセスがこの瞑想法なのです。

Seeding瞑想はハーブヨガのセッションの中だけで行われるものではなくて、日常的に行う習慣でもあります。

実際にはどういう風にしてSeedingするかというと、一日の終わりにその日の気付きについてノートを毎晩書くというような習慣がSeedingになります。

あなたが潜在意識に埋め込みたいこと、例えば、毎日の何か発見、或いは疑問でもいいので、眠る前に書き記しておくことはとても大きな意味があります。

なぜこういう現象に出会っているんだろう、この出来事にはどんな意味があるんだろうという疑問文でOKです。

そうすると朝起きた時や、日常の何気ない瞬間にその答えはこれじゃないかと、ふっとわかってくることが一杯あります。

あるいは何日か経ってから、その答えが降ってくるような感覚が起きます。

「馬鹿の考え休むに似たり」といいますけれど、一人でウンウン唸っているよりは潜在意識に任せたほうが効率がいいと言えるのです。

この体験をするためにもSeedingを習慣にしてほしいと思います。

Seedingの瞑想では三つの質問を体に問いかけます。

  • 「今日、新しく発見できたこと」
  • 「今日、以前よりもっと上手く出来たこと」
  • 「今日、殻を破れたこと」

これらの3つですね。

これらの一つだけについてでも構いません。

何か思い立ったことを書くだけでも意味があります。

あるいは気づき以前の質問だけでも十分です。

例えば、日記に

「今日、私が発見できたことは何だっけ?」
「発展できたことは何だっけ?」
「殻を破れたことは何だっけ」と書き記すだけです。

殻を破れたというのはあなたが変化させられたこと、自分の中の悪い習慣を断ち切ることできたとか脱皮したなと考えられることです。

そういったことはなんだろうと疑問文だけでいいので書いて下さい。

これこそが潜在意識と対話していくという習慣です。

瞑想にプラスαする理由

このようにSeeding瞑想だけでも潜在意識と対話できるのですから、これだけで十分ではないかと疑問を持つ人もいるかもしれません。

そもそも、瞑想をするだけでも心が十分に軽くなると言う方も沢山いらっしゃいますし、私達も瞑想を実践していますので瞑想の習慣は確かに大事だと思います。

じゃあ、なぜ、ハーブヨガではSeeding瞑想以外に4つも面倒くさいステップをしなければならないのでしょうか?

以下ではその理由を考えてみましょう。

瞑想は確かに素晴らしい習慣です。

しかし、その習慣を完成させる為に前段階として姿勢だったり呼吸だったり感情だったり感覚だったり言葉だったりという、色んな側面の感受性を磨く習慣っていうのが結局は必要になると私たちは考えています。

そのため、Seeding瞑想のような習慣だけでは不十分なのです。

瞑想の指導をして私たちが痛感したことは、多くの人は瞑想中に敏感になった感覚をコントロールすることができないのです。

瞑想中は特に感覚や記憶力が敏感になりますが、瞑想をすることによってネガティブなものばかりを思い出したり、感じたりするということもあるのです。

前の章でも説明しましたが、潜在意識の声の殆どは怒りや恐怖が元になっています。

それを認め、「全てのものに対して中立にハーブである」という姿勢が徹底されていないと、私達の本来持っている潜在意識の声に圧倒されてしまうのです。

そして、何のために瞑想をするのかという部分がズレてしまうと、目的を達成できないということでもあります。

現代人の場合、瞑想の目的がエゴのためだけで終わってしまうことが多いように見受けられます。

 

例えばそれはストレスを解消するという癒しのために瞑想をしようとか、または成功者がアイデアを出すため等の能力開発のために瞑想をしようとかいう場合がそれに当たります。

これらが間違っているわけではありませんが、それだけでは殆どの人は瞑想を活かすことはできないでしょう。

自分のためだけに癒やしの瞑想や能力開発の瞑想ができるほど、強い軸を持っている人は多くはありません。

自分を瞑想を通じて癒せたのは、瞑想を始める前から自分を癒す筋肉が鍛えられていた人です。

そして、自分の能力を瞑想を通じて開発できるのは、瞑想を始める前から自分の能力を開発するための筋肉を鍛えていた人なのです。

しかし、これは多くの場合、先天的なホロスコープなどによるもので、個人のチカラではいかんともしがたいものがあります。

 

では、私たち一般人はどうすればいいのでしょうか?

自分自身のためのではなく、世界の中にいる私を意識してこそ瞑想の安定は成り立ちます。

それはこの書籍の初めのほうで書いていた社会的な構造、つまり、私達は他者から幾重にも干渉されているという構造があるからです。

私たちは自然の中に存在していて、人と人とがつながっている社会構造の中にいて、家族のようにより密な人間関係があって自分がいるという構造の中で瞑想をしています。

この構造をしっかりと意識し、それがもたらす内的な混乱、砂嵐をしっかりと自覚しなければ、あなたの瞑想も社会的な構造の持つ観想に引きずられてしまいます。

例えば、私たちが存在している社会の中で日常的に感じている悩み、例えば「なんで私は人間関係がうまく構築できないのだろう」、「どうして、あんなに酷いことを言ってしまったのだろう」というような後悔や罪悪感が増幅してしまうのです。

その結果、瞑想中は自分を責めているだけの状態になってしまうのです。

或いは瞑想に上手く入れないと、「瞑想もできないなんて、私はなんてダメな人間なんだろう」というふうに、瞑想を通じて自分を何度も何度も責め続けてしまう人もいます。

これでは結局、習慣的に自分を攻撃しているだけですから何のプラスにもならないと思います。

あなたはほとんど存在しない

「ダメな私はどこから来ているのか」というと、95%以上は他人から来ているということです。

だからこそ、私の内側に砂嵐を巻き起こしている存在というものをしっかりと自覚することが先決なのです。

例えば、あなたは他人の呼吸の荒さに感応して集中できないのかもしれない、他人の言葉の荒さに感応して心を痛めているのかもしれない。

あなたがあなただけの痛みだと思っているものすら、実は他人の苦悩の影なのかもしれないのです。

こう考えていくと、何度も書いていますが、自分なんてものはほとんど存在しないのです。

これが仏教で言う空(くう)ということです。この空という考えかたは、この世界は関係性で成り立っているという真理なんですね。

この関係性を表しているのがこの図です。

私たちは自然、社会、人間関係、自己と95%以上を他人と共有している波の中でいきていますので、まずは他人と何を共有しているんだろうという視点を考えないと自分というものはわからなくなります。

或いは、わかったと思ったところで、それは他人と比較して得られた自画像でしかないのです。

その自画像というのは常に不足感を抱え、不満足な顔をしていて、「私は本当にだめな人間だ」「私はひどい人間だ」と言っているだけになります。

「その現実を変えるためには?」
「このひどい自分という人物を癒やすには?」

それは外側に働きかけるしかありません。

周りの人を癒し、元気にするしかないのです。

 

あなたの砂嵐の原因になっている言葉の荒さや呼吸の荒さの背景にある、あなたの周りの人達を癒やすことから始めるしかありません。

あなただけを癒やそうとしても、あなたの内側に他者がいるのですから。

あなた自身の歴史を知ること、地球や世界の状態を知ること、その全てが自分を癒すことにつながってくるのです。

私たちも一人の人が健康になることを応援していたのですが、1人でメソッドを実践するだけでは大きな壁があることに気づいたのです。

 

いくらヨガをしても瞑想をしても本当の意味でそれが完成するのは、結局は外側に働きかけた時なのではないだろうかと、私たちは考えています。

人間は社会的な動物ですから、社会とのバランスをとることでしか呼吸も整わなければ、感情も整わないということを実感しているからです。

 

瞑想とは潜在意識と対話することだけが目的ではないのです。

瞑想を通じて潜在意識と対話し、その結果、あなたが人生の主役として何がしたいのかを見つけることが目的なのです。

ハーブヨガの実践者にとって、潜在意識と対話する目的は一つしかありません。

それは私達が人生を主役として生きることです。そのために瞑想を行うのです。

クラスで最後に行なうSeedingというのは1分間しか行いませんが、その前の69分もしっかり大事に実践して下さい。

それができるからこそ、Seeding瞑想は最大限の効力を発揮するのです。

 

国際ハーブヨガ協会の公式アカウントです。宗冨美江(Fumie MUne)と宗健太郎(Kentaro Mune)による共同執筆の記事となります。

ハーブヨガの坐法でハーブボールを使う理由

ではどうして、坐法ではハーブボールを使うのかについてですが、それは先ほども解説した通りハーブが私たちの先生だからです。

ハーブボールは熱と香りと独特の触感をもっています。

その全てが私たちの観想のトレーニングを助けてくれます。

ハーブボールに触れることで、「ハーブであるということは、こんな風に香りや熱を伝える存在になるということなんだな」と頭ではなく、体で実感することができるのです。

そして、これと同じことが、実は私達が他者と触れ合ったときに起きているべきことなのだと理解できるのです。

私たちは自分のことになると自己防衛の砂嵐が生じて直視することはできなくなります。

そのため、「私はどんな存在なのか」という問いについて、盲点だらけの解答しか導き出せないのです。

自分がやっていることなんて中々わかりません。

ハーブボールに触れることによって、「本当のあなたはこんなふうにして素晴らしい香りで人を和ませて、熱を通じて人を元気づけたりすることができるハーブになれるんだよ」と教えてくれるわけです。

私たちが他者に触れ合った時、他者の内面ではどんなプロセスが生じているのかを体を通じて教えてくれるのです。

もしこれがハーブボールではなくて、ハリネズミみたいに当てるとチクチクするものや、鉄アレイみたいな鍛えるだけのものを血海の位置に挟んだり、丹田の位置に当てたりするのでは我慢の感覚が生じてしまいます。

 

このような我慢や根性で乗り切ろうというのは、モーレツに働いていた高度成長期時代までの旧時代的な男性性が発露した時代の考え方だと思います。

しかし、今の時代は皆が皆、女性性が男女を問わず必要とされていますから、他者を温めることや癒やすことをまずは学ぶ必要があるのです。

そのためにもハーブボールを活用しているともいえます。

また、そもそも、我慢という言葉の裏に自傷行為の感覚がないかは常にチェックしなければなりません。

「幸せになるためには犠牲が必要だ」と考えてしまうことは、あなたの将来に暗い呪いをかけることになりますし、あなたの周囲の人々にもその呪いを伝えることになります。

 

ハーブボールがなくても坐法はできるの?

少し横道にそれましたが、ハーブボールはそれぐらい素晴らしい存在なのです。

あまりに素晴らしい先生なので、「ハーブヨガの坐法はハーブボールを使わなければ全く実践できないのでしょうか?」という質問も生まれてくるかもしれません。

答えはハーブボールを使わなくてもハーブヨガはできる、です。

具体的にどうするかというと、ハーブボールを想像したり、手を当てたりすることで癒しと熱を受け取ることができます。

勿論、ハーブボールには及びませんが、訓練することで観想が深まり、手のひらからエネルギーを受け取ることができるのです。

但し、この方法はハーブヨガを日常的に実践している中上級者向きです。

初心者の場合には少しハードルが高いように思いますが、坐法の練習のためにはよい習慣であると言えます。

では、手のひらの気を感じられるための目安はあるでしょうか?

それは少なくとも週5日1日30ふん~1時間程度のハーブヨガの坐法を180日~365日続けることが目安です。

一朝一夕にはその領域にはたどり着けないので、まずはハーブボールを使って癒しと熱の観想を貯めることを推奨します。

また、指導者としてハーブヨガのクラスを行う時にはハーブボールを使うということが前提となります。

この「ハーブボールがなくてもハーブヨガができるか」という質問は、ハーブボールが手元にない場合に、今すぐできますかと言われたらできますというだけの話です。

あるいは週1、2回はハーブボールを使って、そのほかは使わないという選択はできますという意味での答えになります。

あなたがアーサナの練習をしっかりとしたい時には、ハーブボールを蒸さずに使いましょう。

例えば、ハーブボールの中にシナモンやラベンダーをまぶした豆や玄米などのドライハーブを詰めたものを使うのも良い方法です。

あるいは鳥蝶GREENが開発している電子レンジで加温できるドライタイプのハーブボール、KIZUNAちゃんを使うこともおすすめです。

国際ハーブヨガ協会の公式アカウントです。宗冨美江(Fumie MUne)と宗健太郎(Kentaro Mune)による共同執筆の記事となります。

ハーブヨガにおける観想とはなにか?

さて、これまで私が何度となく使って来たこの観想という言葉ですが、これはハーブヨガ全体を通してとても大きな問いであるといえます。

ハーブヨガの音声講義で私達がこの言葉を多用していますので何となくその意味がわかり、普段から観想という言葉を使っている人もいるかもしれません。

しかし、まだまだ分かっていない人も多いでしょう。

そこで、観想について坐法という視点から解説をしていきましょう。

 

まず、ハーブヨガにおける観想が最大限に発揮されるべきセクション、それが坐法の部分です。

ハーブヨガのセッションの中で一番わかりやすくて、一番わかりにくいのが坐法の部分です。

特にこの観想という言葉を私たちハーブヨガの指導者は多用して、ハーブヨガ指導の質を考えます。

「観想が伝わる」とか、「観想が甘い」とかいうふうに。

そこで、まず、あなたも考えてみましょう。

観想とはいったい何でしょうか?

どうして、ハーブヨガでは観想を重視するのでしょうか?

30秒程度、考えてみましょう。

まず、シンプルな定義から入ります。

観想というのは自分の思いを強めて、それを現実に反映させる力のことです。

これは 別段、ハーブヨガの専売特許ではなくて、ヨガの様々な流派だったり、仏教だったり、仙術だったり、格闘技だったりと、様々な分野で特に大事なものだと考えられている心と体の働きであり、技術です。

例えば、物語の中で忍者は忍術を使って大きなガマガエルを見せたりします。

これも観想のなせる技なのです。

ハーブヨガでも観想をとても重視します。

「私が世界のハーブであり、世界が私のハーブである」という観想を強めることがハーブヨガの目的でもあります。

そのために、ハーブヨガでは観想を倍加させる坐法やスパイラルを行うことで、実践者一人一人がハーブのビジョンをインプットする習慣を鍛えていくのです。

この観想の習慣が足りなければ、すぐに周囲の声に反応して自分自身を揺るがせてしまう軸のない人間になってしまいます。

観想が強まると人の体にまで影響を与えてしまいます。

なので、あまりにも強い癒しの存在感や熱の存在感を持っていたら、その人のそばでは悪いことができない、人を殺せないという現象が起きます。

 

合気道の開祖である植芝盛平先生などの歴史的な武術者の自伝では、そのような話が頻繁にあります。

例えば、悪い人が鉄砲をもって植芝先生を殺しにきたのに、どうしても撃てない。

植芝先生が一喝したらヘナっとへたり込んでしまうというような逸話ですね。

これは植芝盛平先生の弟子である塩田剛三先生の著作にとても詳しく載っています。

 

これと似た話が東洋の達人の自伝の中には沢山残っています。

これは観想の強さを表しています。達人は観想によって他者を攻撃することはありませんが、観想を通じて相手を圧倒し、攻め入ることすらも許さないのです。

もしも、私たち一人一人が平和な観想の力を持ったら、戦争がなくなるということでもあります。

逆に言えば、一人一人が内側に持っている恐怖が社会全体を覆う観想になることもあり得ます。

例えば、「こままではエネルギーが足りなくなるよ」と誰かに煽られると、「それじゃ、あの地域から持ってこよう」「戦争をしてでも資源を持ってこよう」というような意見がどこからともなく現れて社会全体を覆ってしまう、こんなことがあるわけです。

私たち一人一人は他者に平和と愛を伝える観想を発揮することもできます。

しかし、同時に砂嵐を作り出したり、他者をそれに引き込んだりする観想を発揮することもできるのです。

そのどちらを選ぶかはあなた次第ですが、後者は明らかに楽しい人生とは呼べないでしょう。

国際ハーブヨガ協会の公式アカウントです。宗冨美江(Fumie MUne)と宗健太郎(Kentaro Mune)による共同執筆の記事となります。