ハーブヨガにおける坐法とは一体どんなものでしょうか?
30秒程度考えてみましょう。
ハーブヨガの坐法とはあなたの観想を鍛え、ハーブと遊ぶ習慣です。
言霊ワークまでの段階で、自分自身の心・体と対話するための準備が出来ました。
坐法ではその敏感になった感性を通じて、私達は世界とさらに深く対話していけるのです。
ハーブヨガの坐法では世界(自然)の素晴らしさの結晶であるハーブをお手本として、自分自身の観想の力を効果的に磨いていくことができます。
ハーブヨガクラスにおける坐法はいわば前の3つの習慣を身につけようとしている人への非日常的なボーナスであり、ハーブと遊ぶ祭りの場です。
また、癒しを目的とするハーブヨガセラピー (※)における坐法とは、ポーズの完成をゴールとするのではなく、ポーズを通じてハーブ(世界)と遊ぶことを目的としています。
まるで子供のように無邪気になってハーブと遊ぶことによって、私たちは世界のすばらしさをかみしめることができるからです。
ハーブヨガというと、ハーブボールが前面に出てくるイメージを持っている人も多いと思います。
例えば、もっと単純にハーブボールが癒してくれると思っている人も多いでしょう。
その理解は方便として見れば、その人のシチュエーションや理解力によっては正解だとも言えます。
しかし、本質的な話をするとハーブボールというのはあなたの先生であって、何かに影響されない、乱されない屈強な存在なのです。
ハーブボールは「私は常に癒やすよ、つねに温めるよ」という尋常ではないほどの癒しの力を持っています。
これは常に脱力している状態であるとも言えます。
ハーブボールどんな人にでも身構えることなく、公平に熱と癒しを届けてくれるからです。
私たち人間はこれとは真逆です。
簡単に他者の影響を受けて、砂嵐に巻き込まれてしまいます。
人によっては他者の砂嵐に率先して入っていく人もいます。
誰かが怒っていたら一緒に怒りたくなるし、あるいは怒っていること自体に対して腹を立ててしまいます。
「なんであの人怒っているんだろう、大人気のないやつだ」というように憤り、ミイラ取りがミイラになってしまうのです。
このように喜怒哀楽のうちどんな感情であっても、私たちは常に他者に影響されてしまうのです。
また、ハーブボールは私達が怒ってようが悲しんでようが、何をしていても常にそのスタンスを変えません。
「誰でも、いつでも癒します、温めます」というスタンスです。
これはすごい軸を持った存在です。
ハーブボールといえば癒しだろうとあなたは思うかもしれませんが、普通の人間にはありえないような強靭な軸があるわけですね。
類まれな脱力と軸の持ち主、これがハーブボールなのです。
坐法を通じて私たちはハーブボールのこのような部分を、「ハーブになる」という観想のお手本として学んでいきます。
※ ハーブヨガには習慣による日常的な癒しを目的とするハーブヨガセラピー、活性化を目的としているハーブヨガワークアウト、非日常的な体験を目的とするハーブヨガリトリートなどの複数のスタイルがあります。
国際ハーブヨガ協会の公式アカウントです。宗冨美江(Fumie MUne)と宗健太郎(Kentaro Mune)による共同執筆の記事となります。
“坐法の習慣:ハーブヨガクラスではヨガなのにどうしてハーブボールを用いるの?” への1件のフィードバック