ハーブボールが言語を越えてあなたを導くハーブヨガ動画を大公開

「3年後には世界中の方々と交流してハーブヨガを伝えている自分をイメージしています」

本日まで開催していましたハーブボールSPAセラピスト養成講座の中では、

参加者お一人お一人と個別に時間をとって将来のご自身のビジョンについてお話を伺いました。

すると、全員、一致です。

「数年後には、世界の方々にハーブヨガを伝えている」

今は英語が得意ではない方でも、このような希望を持ってハーブヨガの学びをスタートしています。

そして、その希望、必ず叶います。

なぜなら、英語力だけではコミュニケーションは成立しないのです。

伝える力は英語力よりも先に必要なのです。

そして、なによりも世界の人々に伝え合うという環境こそが、英語力をあとから押し上げてくれます。

国際ハーブヨガ協会には、世界とつながるネットワークで今現在も世界中に散らばる仲間たちがハーブヨガを一緒に学んでいます。

そのために、私たちは世界の人々に今年から本格的にハーブヨガを広めるべく動画を作成しました。

こちらの動画は英語のヨガオケ学習教材とは異なりますが、ハーブヨガの世界観を反映させています。

動画はこちら:

こちらの動画ではチャクラクレンジングという方法を伝えています。

これはチャクラという体のエネルギーセンターを一つ一つ整えていく方法です。

シンプルな方法ですが、じわーっとあなたの全身が変化するのを感じるでしょう。

ぜひ、ハーブボールを一つ作って、この動画でチャクラを温めてみてください。

英語がわからなくても、そのアーサナのメッセージ(観想)が伝わってくるのを感じてください。

一つ一つのチャクラがハーブボールの熱と成分に反応して、心地良く動き出していくでしょう。

ハーブボールとこちらの動画があなたの心と身体を言語を越えて導いてくれます。

これがどんな言語のどんな文化の人にも伝わるハーブヨガの方法論です。

あなたが数年後に英語で指導する初めの一歩がここにあるのです。

お楽しみください。

国際ハーブヨガ協会の公式アカウントです。宗冨美江(Fumie MUne)と宗健太郎(Kentaro Mune)による共同執筆の記事となります。

3月3日に子宮力を上げて第一印象をガラリと変える姿勢美法を開催します

2月まではビジネスをテーマにしましたが、3月は子宮により注目して開講します。
先月からスタートした2回の講座を通じて、やはり、私にとって根本をここにある!
と確信しました。
「人の体をみて対話すること」
これが私は大好きなのです。
体の使い方と不調が連動していることを知ってほしい。
体の使い方を通じて心が元気になること。
少しの体との対話で驚く程の美しさが得られること!
ただただ、会話することよりも姿勢美カウンセリングを通じてその人を観ると
私にとって全身全霊でその方のことが理解できるのです。
その人が一番美しくなる姿勢を作っていくことを応援すること、これが私のライフワークであり、元気の源なのです。
3月3日10時からあと数名募集しています。
講座の詳細やお申し込みはこちらからどうぞ!
国際ハーブヨガ協会の公式アカウントです。宗冨美江(Fumie MUne)と宗健太郎(Kentaro Mune)による共同執筆の記事となります。
2018年2月22日 | カテゴリー : News | 投稿者 : 国際ハーブヨガ協会による記事

Kotodama Work06:あなたが輝くための発動条件を見つけよう

WORK01.

あなた自身の人生の中で、『輝いていた』『輝いている』と感じるような瞬間・期間はありますか?過去の経験でもよいので、想像してください。ただし、『輝く』の定義は人それぞれですので自分本位で考えてください。思い出したら、自分にとっての『輝き』を考えて下表の1と2を埋めてください。

 

WORK02.

WORK01で挙げた『輝き』はどうして得られたのでしょうか?あなた自身の努力、好ましい心理状態、周囲のサポート、運等、その原因を探って、3の表を埋めてください。

 

1.いつ?

どこで?

2.輝いたシチュエーション 3.なぜ、あなたは輝けたのでしょうか?

 

WORK03.

あなたが『輝く』ためには何が必要でしょうか?何をすればいいのでしょうか?上の表を見比べて考えて見ましょう。

 

ワークの解説

私たちは人生の中で何度か、極度に集中力が高まり、自分でも信じられないようなパフォーマンスをすることがあります。

その状態は後から見たら、どうしてそんなに輝いていたのか、わからなくなるほどです。

これは、集中力がある状態というのはまさに夢中で対象に向かっているため、自分のことを冷静に観察することができないからです。

しかし、中にはこの輝いている状態を持続する人たちがいます。

例えばそれは極度の緊張の中で結果を出し続けるアスリートやアーティストと呼ばれる人たちです。

彼ら・彼女らは周囲のプレッシャーをもろともせずに自分にとっての輝きを追及しているのです。

どうしてそういうことができるかというと、自分の特性=どうしたら自分は輝けるのかをよく知っているからだそうです。

自分の傾向を深く知るからこそ、「ここ一番」という時に結果を出せるのですね。

この「輝く」という事象について考えることは、アスリートやアーティストを職業にしていなくても、必ず役に立ちます。

その理由は現代はすべての人が、自分の人生に輝きを見出して生きるべき時代だからです。

 

このワークでは自分自身の過去の輝きを分析し、どのようなときに自分の集中力が研ぎ澄まされるのかを考えてみるワークです。

その時に参考になるのが、外部要因・内部要因という考え方です。

 

外部要因とは自分の集中力が高まる場合の周囲の環境のことです。

場合によっては人間関係などもあるでしょう。

例えば、周りの人に期待されることによってパフォーマンスが改善する人もいます。

あるいは、自分に敵対する観客がいることが条件の人もいるのです。

 

内部要因とは自分自身の精神的、肉体的な状況を意味します。

例えば、怒りによって集中力に火が付く人、肉体的な不満感によって火が付く人、人によってバラバラです。

しかし、必ず自分自身の傾向というものが存在していますから、それを見るのです。

 

自分の輝きが発動する条件をじっくりと見ていくことによって、あなたは自分自身の集中力をマスターできるようになります。

その結果、自分の思っている現実を引き寄せる鍵を手に入れるのです。

国際ハーブヨガ協会の公式アカウントです。宗冨美江(Fumie MUne)と宗健太郎(Kentaro Mune)による共同執筆の記事となります。

人生に逆転ホームランを打とう!グーたらな私を変えた習慣の魔法

現在、私達は国際ハーブヨガ協会の活動を通じて日本中、世界中の方に体と対話する方法を伝えることで、「もっと私の人生に恋をする」生き方を提唱しています。

しかし、活動を始めるほんの数年前までの私は、体も心もとんでもなく重く、今のような活動を数年後に始めていることなど、自分自身をはじめとする周りの誰一人、予想だにしない生活をしていました。

そのような私が、自分が目標としていた以上の現実を生きることができるようになるまでの記録を、惜しみなく記しました。

これを私が公開するのには、訳があります。

あなたにとって、今必要な情報がここに全て綴られているからです。

現実の様々な障害にもがき苦しんでいた頃の私自身に一番読んで欲しいと思って書きました。

そして、今、同じように現時点で様々なハードルを抱えているあなたが巻き起こす物語でもあるのです。

だから、これは、明日のあなたの出来事だと思って読んで欲しいのです。

なぜならこれを読めば、願ったことは面白いぐらいに全て叶う!ということをイヤでも確信することになるからです。

そして、変わりたいと願う人は、誰でも必ず変わることができる!と私が信じている理由がお分かりいただけると思うのです。

あなたがあなたの人生への恋を始める一歩になることを願っています。

 

 

 

全てはため息から始まった!

・・・はぁぁぁっっ・・・!(ため息)

「・・・何にも出てこない。

私には調べたいことが何にもないなんて!」

2006年の4月頃の時点の私は、パソコンの前でため息をついていたのを今でも鮮明に思い出すことができます。

そのとき私は、検索する言葉も見つからないことでため息をついていたのです。

ご存じのように世界には色々な面白い情報で溢れています。

それなのに何にも心が動かないのです。

今思うと、その溜息は、自分自身に対する怒り、絶望、あきらめを表していたのかもしれません。

その当時の私はその位、あらゆるものに対する熱意や関心を失っている状態でした。

カリスマブログとして書籍化された主婦の子育てブログを読んでは、

「書籍化かぁ、夢みたい。
でも、私もいつかこんな風になれたらいいな」

と淡い期待を抱きつつ、自分の子育てブログをたまに更新している位でした。

ここからが、私のスタートでした。

体の声を一切、聞いていない生活

その頃の私は始めての子育てで母乳育児真っ最中でした。

初めての出産を経験し、息子が生後4ヶ月で夫のタイの大学院への研究留学に同行し、真冬の日本から真夏のタイに移ったころの話です。

南国のうだるような暑い気候にもなかなか体が慣れず、倦怠感が続く毎日でした。

大学のキャンパスは都市からは離れた郊外にあり、だだっ広いキャンパスの中はまるでジャングルで、いくつかの小さな商店しかなく、楽しみは散歩くらいしかありませんでした。


上は留学していたAsian Institute of Technologyという大学院大学の庭

そんな中、私は甘いものを好きなだけ食べる癖がなかなか抜けず、

自己嫌悪に陥りながらも貪るようにアイスやケーキを食べてしまう自分がおりました。

甘いものは、夜より朝の方が代謝されるからという理屈をつけて、朝からケーキを3つも食べることもありました。

キャンパスに戻ると小さな商店しかありませんから、バンコクに行ったときにステキな洋菓子屋さんで沢山ケーキを買い込んだり、一流ホテルのアフタヌーンティービュッフェでお腹がはち切れるほど食べることが大好きでした。

musaboru.jpg
大好きなアフタヌーンティという至福の時間:2006年

こんな食生活ですから、よく母乳の中の脂肪分などが詰まって炎症を起こす乳腺炎をおこし、腫れと痛みで七転八倒しておりました。

また、腰痛も妊娠中からひどくなり、それもあって、もともと体力がなく、疲れやすい所に動けない理由となっていました。

いつもだるくて仕方がなくて、朝はなかなか起きられず、赤ん坊と一緒に一日の殆どを寝て過ごしていました。

neteru.jpg
朝寝の図:朝は中々起きられなかった

手足などの体の末端が真夏でも冷たいほどの冷え性でした。

そして体中の免疫力がとにかく低く、毎月のように、

「ものもらいができた」、「傷が化膿した」、「口唇ヘルペス」ができた、「膀胱炎になった」、

「鼻水が止まらない」「咳がとまらない」「外耳炎になった」

などという理由で病院に通い、医療費もかさんでいました。

その頃の私は、上記の症状を見ても分かるとおり、ほぼ一年中、何かの症状に悩まされていたといっても過言ではありませんでした。

そもそも腰痛を抱えている上に、なんらかの症状を常に抱えていましたし、その上、真夏でも冷房が効いている場所では寒くて震えやしびれが来るほどでした。

常に体のだるさ、痛み、冷えと格闘している状態だったのです。

また、自分以外の家族の健康問題もそれに加えて頭を悩ませていることの一つでした。

夫の健太郎は、普段はぴんぴんしているのですが、1年に2回ぐらい、扁桃腺が腫れて熱を出し始めると、2週間もベッドの上で寝たままほとんど身動きもできない状態になるのでした。

これもいつ襲ってくるか分からない宗家の見えない敵の一つでした。

彼は、高校受験の時も、大学受験の時も、普段の優秀な成績や真面目な勉強の姿勢とは裏腹に、受験当日または直前に熱を出しているという前科があったのです。

大学はそのため、一浪したことを考えると、いくら普段優秀でも、いざというときに熱を出されては、キャリアにも影響が出る大問題でした。

また息子は2ヶ月半で細気管支炎で入院をし、その後の経過は順調だったものの頬にでるアトピーを薬で抑えながら生活している形でした。

atopy.jpg
息子のアトピーは序章に過ぎず、
その後、慢性的な小児喘息へと移行していった。

母乳しか飲んでいないのに虫歯になる!?

そんな折のある日、前歯しか生えていない1歳の息子の歯に黒い線が入っているのを見つけて絶句しました。

歯医者さんに行くと、虫歯だというのです。

でも、おかしいのです。だって、まだ母乳しか与えていないのですから。

どの生活書などを見ても、母乳しか飲んでいない赤ちゃんが虫歯になることは考えられないとのことでした。

それなのに、虫歯になるなんて・・・・。

そして、こんな実験の記録の話を知りました。

マウスに直接胃袋に糖分を大量に与え続けているだけで、口から摂取していないのに、虫歯になるという実験結果を!

ですから、うちの息子が私の糖分たっぷりの母乳を飲んで虫歯になったのだ!と確信し、息子に対して申し訳ない気持ちで一杯になりました。

こんな母親を許してほしいと願い、これからの息子の健康のためにも、私はある決意をしたのでした。

 

宗一家、食事を変える!

それは、息子のために、徹底的に食生活を改善する決意でした。

私は、プチ断食玄米菜食を断行したのです。

それまでにも栄養や食事、自然の手当に関する書籍はいくつも読んでいたのです。

・・・が、ちょっとやってみては、大して結果も出すことができないままほっぽり投げている状態でした。

しかし、この時、人生で初めて、私は何かを徹底してやってみることを心に誓ったのです。

そのとき、私を突き動かした書籍がありました。

それは木津龍馬さん著の「スピリチュアルグリーン」という書籍でした。

wise01.jpg
木津龍馬著:スピリチュアルグリーン
ただのスピリチュアルだけではなくて、
食生活についても言及している書籍

この本を読んで、砂糖の怖さを再確認しました。

そして、それまで毎日大量に摂取していたお砂糖は一切取らないことを決意しました。

とにかく、自分の中に長年巣くっていた砂糖中毒を絞り出すようにして、断食や玄米菜食をしながら砂糖抜きをしていきました。

※この頃の私は、書籍などで害があると伝えらえた食品は悪とみなし、徹底的に排除し、一生自分も家族も摂取しないつもりでいました。しかし失敗を経験し、様々な紆余曲折を経て今では、砂糖及びその他の食品等とバランスよくつきあい、幸せを感じられる食事を実践し提唱しています。

ただし、この時私が徹底的に行った砂糖抜きという経験自体は、誰にでもおススメできるものです。特に私のように毎日たくさんのアイス、ケーキ、チョコレート、和菓子、菓子パンなどを食べないと居ても立っても居られないという状態の方には是非実践してほしいのです。詳しくは、以下の過去記事をお読みください。

第21回 お菓子を食べるのは善いこと?悪いこと?

ヨガを始める!

また、その時期私は、もともと関心があって、趣味で続けていたヨガの教室が近くで開催されていることを知りました。

夏期休暇前にそのヨガ教室の先生に会いに行きました。

彼女が教えていたのは、ヨギバジャン師が伝えたクンダリー二ヨガという種類のヨガでした。

yb.jpg
クンダリーニヨガの指導者:ヨギバジャン師

その時点では、どの種類のヨガということにまでは興味がなく、とりあえずヨガであればどんな種類でもよいと思っていました。

しかし、他の教室に通おうか試みたこともあったのですが、なぜか叶いませんでした。

ヨガを学び始めて知ったことがあります。

「出会うべき師に、人は導かれるようにして出会う」

とヨガ仲間の先輩や先生たちが皆、当たり前のように語り合っていました。

だから、後から思えば、私が他のヨガの先生のところで気軽に学ぼうとしても、なぜかさまざまな要因があって行けなかったんじゃないかと思えたのです。

今回、キャンパスの中で教えている先生がいることをたまたま知ったのです。

先生に会いに行くと、その頃、「ちょうど休暇に入るので、休暇後に通いにきなさい」といわれて、ちょうど通える手はずが整って通い始めたのです。

思えば、ずっと探していたヨガ教室ですから、この時期に本格的に始めたのには、何か不思議な縁を感じます。

ヨガというスピリチュアルなメソッドもやはり、縁が大きく左右しているのを感じます。

もし、私がこのとき、この先生に教わらなければ私はこのヨガというものを単なるエクササイズとしてしか実行せずにいたかもしれません。

この方はフランス人の女性で、人種を越えて、深いつながりをお互いに感じる友人になりました。

レイキのマスターでもあり、レイキの指導をしてくれたのも彼女でした。

その後、私は彼女に自然療法を教えたり、茶道や日本の料理を教えたりと様々な文化的交流を通じた友情を深めてきました。

mf.jpg
彼女を招いて、日本食のお食事会をしている様子

瞑想を始める!

また、その頃ちょうど、私の身内が病気になり、看病のために1ヶ月半ほど私だけ息子を連れて帰国していました。

そして、帰りの空港で、ある一冊の本に出会いました。

それは「ワイス博士の前世療法の瞑想CDブック」でした。

ISBN4-569-65253-0.gif
何百回も聞いたワイス博士の前世療法CD瞑想ブック

それまでにワイス博士の著書を何冊も読み、魂の遍歴や過去世についての話を興味深く読んでいたので、すぐさま手に取り、タイに持って帰って早速実践してみようと購入しました。

しかし、いざ日常に戻ってみると、買ったことだけで満足してしまい、なかなかCDを聴いてみることができずにいました

それに夫はそういう関係のことが嫌いでしたから、なかなか狭い学生用のアパートの中で自分一人の時間を確保するのが難しかったのもあります。

それが、ある時、夫が不思議な申し出をしてきました。

それは、

「このCDをやってみようか」

と、言うのです。

私はぶっとびました。

なぜなら、それまで私が前世を見たり、意識を覚醒するためのセミナーに行きたいと話すと私の家族に内緒で相談していたのです。

その結果、「あいつは本当にどうかしてる」と家族に私が責められる羽目になって、大げんかになりました。

(確かに、私もその頃は、単なる好奇心のみで物見遊山的なスタンスからそういった世界に興味があっただけでした。

あたかも、現実に向き合うよりも、過去や見えない世界の探求の方が楽でよいといった部分があったのかもしれません。

そのような姿勢をみて夫が助言をしてくれたものだったのかも知れません。

いずれにしても、どのようなメソッドや学びに触れるのも縁ですから、私にはそれらのものとは縁がなかったのかもしれません。

あの頃、逆に夫が止めてくれなければ、どうなっていたのか今となっては恐いくらいです。)

そして、ワイス博士のCDブックに出会い、夫の方からそれをやってみようという瞬間に出会いました。

なんでも、夫は、私が1ヶ月半日本に帰国している間に「長い髪をした女性が鏡の前に立って髪の手入れをしている夢」を見てから、

私の持っていた瞑想やオーラ視の本になぜか興味が湧くようになり、本を読んで少し実践してみたりしていたとのことなのです。

そして、二人でCDをかけながら瞑想をする習慣が始まりました。

瞑想を始めると、二人とも、普段では見られない不思議なビジョンが様々に見えてきました。

単なる想像や妄想との違いも分かっていませんでしたが、それでも、それらについてをシェアすることを楽しんでいました。

5感ではっきりと感じられることもあり、とても気持ちよく面白く、瞑想を終えた後にお互いが見たものを教え合うのが楽しく、この時間に夢中になっていきました。

私は、瞑想をしたときに見えてきたビジョンや聞こえた音や言葉を絵日記にして書き残していきました。

ある時などは、大きな翼で空を飛んでいる白い鳥の背中の上で気持ちよく寝ている自分を体験しました。

最初はCDをかけながらでしたが半年もすると、CDの音声誘導がなくても1時間でも2時間でも瞑想をしていられるようになりました。

とにかく、その当時は自分自身の内的な世界に降りていく感覚がとても面白く、二人だけの特別な時間として仕事の合間にも続けていました。

ait02.jpg
当時は大学構内に住んでいたので、
庭のような敷地を眺めながら瞑想をするのが日課でした。

また、瞑想を通じて驚く現象もありました。

それは、蚊がよってこないことです。

その頃の私達の部屋には蚊が沢山いて、注意していないと頻繁に刺されるのです。

それが、1~2時間の瞑想の間に、私達の体に膜でも張っていたのかと驚くほど全く刺されていないことがずっと続きました。

これは、瞑想を通じて私達の体の気がデトックスされていたようです。

タイの強い蚊ですらも忌み嫌う程の老廃物を有した汚れた気が私達の体から放出されていたようなのです。

今まで長年無意識に積もってきた感情や記憶のデトックスが行われていたのかも知れません。

瞑想の力というのは物凄いものだと、これには心底驚きました。

私はこの年の10月に3つの大きな習慣を、意識しないまま、ほぼ同時に始めていたことに後から気づいたのです。

その年の10月に全てを雪崩のように始めたのは、何かの導きだったのではないかと思えます。

私の心と体に革命を起こし、人生を根底から覆すことになった3つの習慣をまとめると以下のようになります:

1 食事に愛を込める習慣
2 ヨガを行う習慣
3 瞑想を行う習慣

私に起きた変化とは?

この数ヶ月後、私の体に変化が起きました。

今までの極度に冷えていた足の指の間が、「カッカッカッカッ」と蒸気機関車のような勢いで熱を発し始めたのです

気づけば、私の平均体温が一度も上昇しました。

それまで毎日のように何らかの炎症

「ものもらいができた」、「傷が化膿した」、「口唇ヘルペス」ができた、「膀胱炎になった」、「鼻水が止まらない」「咳がとまらない」「外耳炎になった」などなど

を患っていた状態から抜け出すことが出来たのです。

これら3つの習慣を私が同時に始めたことは、天の意志だったのではないかと私は思っています。

もし、同時に行っていなければこのように短期間で私が変化することはなかったと断言できるからです。

さらに、今まで、何事もやり遂げることができなかった私が、とうとう、「砂糖抜き」を貫徹できたのです

砂糖を少なくとも、3ヶ月間は一切口にしなかったのです!

その間は、サツマイモやトウモロコシ、果物などで代替していました。

それまでの私は、だるくてだるくて、頭も冴えず、始終眠く、何かイヤなことがあると、途端にカッと怒りが爆発するという性格だったのです。

それが、まるで、サナギを脱ぐように、新しい体に生まれ変わったように身も心も爽やかで気持ちがよいのです。

もう、だるくありません!

もう、夏なのに体が冷えて辛いということがありません!

「なんだって、できる!」という意志が芽生えました。

それまで、甘いものには、罪悪感を伴いながらも、好きな銘柄のお菓子が売っていたり、試して見たい新しい種類のお菓子が売っていると、自分の胃腸の調子や満腹かどうかに関係なく、

「食べないでどうする!?
 試さないでどうする!?」

と、低くささやく、ドス黒い何かに突き動かされて渋々買って食べていたような気がします。

後から考えれば、これは、典型的な中毒症状。

こうなると自分の体や心の叫びは、聞き入れることができなくなってしまうのです。

体に溜まった老廃物、心に巣くった老廃物たちに荒らされ放題で、どんどん心と体を乗っ取られてしまうのでした。

sweets.jpg
タイはスイーツ天国で、砂糖中毒が加速。

ところが、新しい習慣を始めて体が変わってからはどうでしょう。

ケーキであれば、とても小さなほんの一切れをたまに頂くだけで身も心も満たされるようになったのです。

私は、こんな小さな当たり前のことができるようになっただけで、

ようやく、

「人生をコントロールするってこの感覚なのね!」

と、今まで、いかに自分が習慣の蓄積によって、天と父母から与えてもらった大切な自分の心と体を汚し、

そして、その習慣に振り回されて自分の人生を台無しにしようとしていたのかに気づきました。

この体を手に入れてから私は、本当の自分の理想の人生を歩き始めることが、

「今こそ可能になった」

と信じ抜くことができるようになったのです。

私は自分が砂糖中毒であったことに気付きすらせずに長年生きてきました。

でも一連の習慣を身に付けることによって、ただ単に甘いものが凄く好きなことと、自分の罪悪感を越えて欲望に振り回されてしまう行動とはまったく次元の違うものだと知りました。

これは甘いものに限らず、様々な欲望に関して言えることです。

例えば、喫煙・飲酒なども同じです。

 

そして、いかに多くの方が程度の差こそあれ、このことに気づかずに生きているか。

また気づいている人がいざ、それらを改善しようと試みるときに、いかに効率の悪いアプローチをしてしまうのかについても考えさせられました。

食事だけを改善するというような単一のアプローチをいくらやっても、物事の本質を見ないままでは効率が悪いのです。

私達人間を構成する全ての要素について、一つの魂を持った人格として、愛を込めたアプローチでなければ人間は変わることはできないのです。

私が試みた方法は、心と体と関係性、魂の過去と現在の未来の全てにアプローチしてデトックスし、自分の力で歩み出す力を養うことができました。

そして、この習慣を今すぐ必要な方に知って欲しいと願い始めたのもこのころです。

一日の時間を大切にする!

また、このように

「自分の人生は自分でいかようにも変えられる」

ということを体験から確信した私達夫婦が次に取り組んだのは、早起きの習慣でした。

「朝2時起きでなんでもできる」という本との出会いがあったのです。

1-19987-c200.jpg
枝廣淳子著:朝2時起きでなんでもできる!

この本では、「人生の手綱は自分で握る」というスタンスを、まずは寝て起きる時間の使い方から教えてくれるものでした。

この著者の方は2時に起きるというライフスタイルを送っていらっしゃいます。

でも、一番重要なことは、何時に起きるかではなくて、自分にとってのベストを常識に囚われずに見つけ、徹底的にやってみることの大切さです。

私達は、それまで、赤ん坊を抱えていたので、夜、寝かしつけてから瞑想をしたりなどをしていました。

しかし、子どもが夜泣きをしたりすると、その都度中断しなくてはならず、なかなか自由になりません。

そこで、この著者も子育ての中で行ったという、

『夜は子どもと一緒に寝てしまう』

という方法を採用してみたのです。

それまでは、寝る時間についてをあまり深く意識することはありませんでした。

「12時くらいに寝ればいいかな・・・」という曖昧なもので、その時によって、何か意味もないことで、もたついていたりしたら、1時や2時になってしまうこともありました。

つまり、寝る時間に関して、なんの手綱も握っていない状態だったという訳です。

しかし、そこから私達は夜9時頃に寝て、朝4時半頃に目覚め、瞑想をするという習慣が出来ました。

そもそも朝方が瞑想には一番適した時間帯なのです。

朝ご飯もゆっくり作り、なにより、朝もやの爽やかさを味わいながら、ゆとりを持って一日を始めることができるようになりました。

この習慣で、「夜に子どもを寝かしつけてから大人は自分の好きなことをするべきだ」

という自分が勝手に作った思い込みを見直すことができました。

子どもにとっても夜に両親が一緒に寝てくれると安心して寝られるし、私達も一番新陳代謝が促される時間帯にぐっすりと深く眠れます。

そして、朝方は子どもは7時頃まで寝ていますので、4時半に起きれば、実に2時間半も好きなことに集中できたのです。

 

このようにして私たちの場合、親と子、双方にとってのストレスの原因を見極め、ベストを導き出すことができたのです。

瞑想だけではなく、映画を見たり、読書をしたり、料理したりすることにもたっぷりと朝の時間を使えました。

必要な時には向こうから手はずを整えてくれる

この時間管理の習慣というものを身に付けた私達を待っていたかのように、次の現象が起こりました。

それは、夫の留学のためにタイに来て研究していた訳ですが、その研究費と生活費が予想以上にかさんだため、収入を得る手段を探さなくてはいけなくなったのでした。

夫は学生でもあるし、私は子どももいる。

このような環境で仕事をするにはどうしたらいいだろうか、と考えていました。

すると、タイミング良く、大学から日英の翻訳を出来る人の募集のよびかけがありました。

翻訳なら、子育ての合間にでも出来そうでしたし、夫も研究の合間に取り組むことが出来ます。

そこで、すぐさま、翻訳の仕事に応募したのです。

そして、始めの頃に得られた仕事はひたすら国際結婚をする方の戸籍謄本の翻訳でした。

それは、ほんの1ページか2ページ程度の仕事ですから、たったの1000円か多くて2000円という程度の仕事です。

それを一週間に1~2回ほどもらえるという位の状況でした。

一度、何十万円単位の大きな仕事の打診がありました。

夫と二人で空中で両手を叩き合って喜びました。

「やった!これでなんとか学費を払って生活出来るね!」と。

しかし、これはぬか喜び終わったのです。

どういうわけか、その話は流れてしまいました

このままでは正直、厳しい状況です。

とにかく、生活のめどが立たないので、どうにか他の仕事も見つけなくてはいけなくなりました。

もう、ワガママは言っていられないので、近くの日系の工場で私がフルタイムで働くことを真剣に検討していたのです

factory.jpg
タイには沢山の日系企業がある
もし、こういった場所で働いていたらどうなっていたのでしょう?
さぁ、想像すら出来ません。

まずは、その時点で1歳7ヶ月だった息子を預けて仕事を探すことにしました。

同じ大学院のキャンパスの中にいらっしゃる研究員の日本人の奥様からお話を伺ってみると、

隣の大学の付属の保育園に預けるしかないけど、そこは行列待ちでかなり順番待ちしないと入れないと教えて頂きました。

ダメもとでその保育園に行ってみました。

すると、またも私たち夫婦をびっくりさせる出来事が起こりました。

「あなたたちを待っていたんですよ!」

と受付の事務の方が言いました。

私は何のことか分からず、しばし、唖然としてしまいました。

「んん・・?なんのこっちゃ?」

実は、その時点から1年も前にたまたま、隣のキャンパス内で行われていたヨガクラスに参加を打診していた時に、

近くにあった保育園で「子供を一時預かりできないか」と話を聞いていたんです。

実はその保育園こそが、この大学付属の保育園だったのです!

また、その際にキャンセル待ちの書類にサインをしていたのでした。

私はそのときのことなど、すっかり忘れていました。

1年前のヨガクラスに参加するための一時預かりのためのキャンセル待ちの申し込みが、

今回ちょうど、仕事のためにどうしてもすぐに入園したいという希望を向こうから叶えてくれた形になったのです!

何だか夢を見ているような不思議な話です。

しかも、その保育園は、1年前、所在していた場所は、ビルの中の一角の庭もない保育園だったのですが、

私たちが入園させることが決まったときには、一軒家の庭のあるすっかり大きな所に移転していました。

まさに、「運がいい」とはこのことです。

kidergarden.jpg
息子の通っていた附属保育園の様子

この頃から、私達は半信半疑にも、「運の良さ」というものはコントロールできるものだということに気付き始めました。

自分にとって必要なことは、上記の保育園の件のように、全て必然のタイミングでしかも自然な流れで運ばれていくのです。

そのことについてどんどん確信せざるを得ないことが続いて起こるようになりました。

 

感謝して仕事をすると次の大きな仕事に「呼ばれる」!?

とにかく、これで、ようやく仕事を始めるための体制が整いました。

私たち夫婦はキャンパスから1時間半かけてバンコクまで行ってダメ元で翻訳の仕事を見つけに行きました。

まず、一つ目に面接に行った会社ではこんなことがありました。

大きなビルの中に入っている会社なのですが、夫が上の階にある会社に面接に行き、

私はそのビルのロビーで息子と待っていました。

すると、私は突然、頭が痛くて仕方なくなってしまったのです。

夫がロビーに戻ってきて、

「頭が痛くて仕方ないよ、もうダメだぁ」

と、いいながら一緒にビルの外に出ました。

その途端に頭痛が止んだのです

「あの頭痛はなんだったんだ・・・!?」

と、ぞっとする出来事でした。

私が頭痛がするその間、夫はその会社の人と面談していたのですが、希に見るほど、話が伝わりにくい方だったそうです。

結構なネガティブオーラがでていたらしく、普段、ほとんどの人と、明朗に話しができる夫には意外な展開でした。

そんな出来事を象徴するかのような私の頭痛に、なんかイヤな感覚があったのでしょう。

その仕事はサンプルの翻訳を提出してみたものの、結局「今は間に合っているから、すぐには頼めないかも知れない」とのことで流れてしまいました。

いずれにしても仕事の内容も料金も私達の必要とする条件を満たすものではなかったのです。

あたかもあの時の頭痛は、

「あんた達はそこで仕事をするべきじゃないよ」

と何かが教えてくれているかのようでした。

「これから、どうしようか?」と、相変わらず生活の目処が立たず過ごしていた、そんな折、あるマッサージ屋さんに行ったのです。

すると、待合スペースに古い日本語情報誌が置いてありました。

daco.jpg
日本語フリーペーパーのDACO:バンコクには沢山の日本語フリーペーパーがあるのです。

ふと開いた1ページには、また違う会社の翻訳者募集のお知らせがあったのです!

どういうわけか、その記事を見た健太郎には確信があって、「なんだかいけそうな気がする」といいます。

早速そこに連絡すると、今も探しているとのことで、すぐに面接に行きました。

なんと、この会社の社長は、夫と同じ大学の出身でした

そして、始めから意気投合し、仕事を任せてもらうことになったのです。

なんというご縁でしょう。

後から社長に聞いたところによると、この会社は普段はタイ人の翻訳者が主流のため、日本語のフリーペーパーに広告を出したのはこの時限りだったとのことなのです。

なんだか、背筋がゾッとしてしまいました。

 

「ありがとう」の習慣

また、この頃から私達はある習慣を取り入れ始めました。

モノの本によると、感謝するということが開運と大きく関係することを知ったからでした。

それは、感謝するという習慣です。

仕事のない私達に仕事を与えてもらったことに感謝。
翻訳会社の社長さんに感謝。
この会社に仕事を依頼してくれたクライアント様に感謝。

とにかく、毎朝、掃除しながら、「本当にありがたい、ありがたい、ありがとうございます」と感謝していました。

夫と二人で翻訳した初めての仕事はカメラの会社の世界的な企業の仕事でした。

それは1万円くらいで、そつなくこなすことができました。

技術的な翻訳の場合、私も夫も得意分野ですのでですんなりと二人でこなしました。
しかし、次は一回当たり、350B=1000円くらいのお好み焼きレストランのメニューを紹介する仕事がきました。

okonomi.jpg
実際に日英翻訳したメニューブックのサンプル

始めの仕事に比べて10分の1の金額の仕事ですが、技術的なことではないので手間は10倍かかります。

その店のこだわりの素材や店名の由来について、お好み焼きの歴史的な背景についてをとうとうと語っている文章を英語にする仕事でした。

このような、ニュアンスを伝えなければならない文章を英語にするというのは中々骨のいる仕事でした。

しかし、私は日本文化をしっかり外国の方にも知ってほしいし、なにより、クライアントさんの気持ちをしっかり汲み取って訳して差し上げたいという気持ちで行いました。

結局、時給にして150円から200円くらいになってしまうほど、時間もかけ仕上げたのです。

「こんな小さな規模の仕事を手間をかけてやるなんて、あまりメリットないな」

などと一切嘆かず、楽しんで取り組んだのです。

すると、どうでしょう。

この仕事に対して、実は、翻訳会社の社長がネイティブチェックをかけていたのです。

「いつもは、この人にネイティブチェックを頼むと、日本人の日英の仕事に対しては、

もう、ぼろくそに訂正されちゃうんだけど、それが、今回はその人が褒めてたんだよ。」

「本当ですか!?」

褒めることなんて滅多にない人がさ、『良くできてるよ。だってほとんど、訂正が必要ない』って・・・

「ヤッター!!!」

心の中で大きなガッツポーズをしました。

思いもよらず、私の仕事が評価されたのです。

以前までの会社の仕事も、何ヶ月もの間、戸籍翻訳(1000円ほど)の仕事をぽつぽつとやってきていました。

ただし、いざ大きな仕事の話が来たのに、流れてしまったという過去がありました。

しかし、全く同じ、たった1000円ほどの小さな仕事が、今度は、絶大な信頼関係を結んでくれたのです!

そこからは、とんとん拍子に大きな仕事がやってくるようになりました。

感謝して全力で小さな仕事にも取り組む姿勢が
打ち出の小槌のように次の大きな仕事を運んでくれるかのようでした。

一回あたり何十万円という規模から百万円単位のものまでです。

私は、この縁の不思議そして、運の不思議というものを感じざるを得ませんでした。

なぜなら、同じ仕事に取り組んでいても、同じ単価の仕事をしていても、

自分の本来持っている実力を評価されるチャンスがやってこないままに

ずっと同じ土俵の上をぐるぐると巡っているだけの時があったり、

はたまた、いきなり、チャンスに恵まれることがあったりするものだ、と。

そして、その差を分けるのは何だったのかが分かったのです。

それは、魔法の習慣を持つこと。

これ以外にはないのです。

そして、この習慣の変化こそが一回たった1000円の仕事しかもらえなかった私たちにその1000倍の報酬を持ってきてくれたのです。

私が確信したことは、1つめに、習慣が変わると、チャンスに恵まれるようになることです

そして、2つめに、心と体が習慣によって、活気づいていれば、そのチャンスを生かし切ることができるようになるのです。

毎日を楽しく、元気に感謝する習慣をもって生きていると、自分を何倍も飛躍させてくれるチャンスが突然目の前にやってくるのです。

そして、習慣のおかげで強靱になった心と体はそのチャンスを見事にモノにするだけの

パフォーマンスを発揮してくれるようになるのです。

 

このお話は私がハーブヨガを生み出し、指導し始める前のお話です。ですが、私がハーブヨガの指導者たちを育て始めるとこの「縁と運」の話は様々な形でそれぞれの方に現れているのを観察しました。

同じように資格取得し、能力を持った方たちがそれぞれ縁を手にして活動を始めても、

 

夢のKOTODAMAが現実を創り出す不思議

そして、翻訳をするようになった私がこの頃、また新たな習慣が出来ました。

それは、好きなこと、やりたいことをノートに書き出していくことです

とにかく、深く考えずに、自由に自分の中に浮かんできた希望みたいなものを書きだしてみたのです。

『日本語や日本文化を教えてみたい』
『本を出してみたい』

などです。

しかし、その時の私は、つい2,3ヶ月前まで、どんな仕事でもいいから工場でフルタイムで雇ってもらうことが一番現実的だと思っていた位でした。

ですから、始めたばかりの翻訳にはほとんどキャリアもない状態でした。

加えて、病気がちな子どもの育児をしている生活でしたから、私にはこの趣味を極めて独立したい!とか、この仕事で人の役に立ちたい!とか、具体的に決まっているわけではありませんでした。

本当に漠然と、何か自分だけの仕事という生き方ができれば、

「子育てをしながら仕事が楽しくできるかもしれない」

と思い、強烈に惹かれたのでした。

しかし、その時は、まだこんな店はどうだろうかな~などと、カフェや雑貨を販売しているお店の絵などをイメージして書いてみている程度でした。もちろん、いつまでに、とかどこで、なんてことすら想像すらできませんでした。

そのような将来の漠然とした夢を思い描きながらも、後に私がKotodamaワークと呼ぶようになる、ノートに自分との対話を書き出す習慣を進めていました。

そして、目の前の翻訳の仕事からはっきりとした到達地点を定めることができました。

まず、目指すようになったのは、「朝2時起きでなんでもできる」の著者枝廣淳子さんのように国際会議の通訳者になることです。

国際交流に貢献する仕事がしたいという一環で、目指すにはやりがいのある目標でした。
なんと、私に燃えるような目標ができたのです!

私がはじめの3つの習慣を始めてたった半年しか経っていない状況です。

1年ほど前、何にも興味が持てずに検索するキーワードすら見つけることができないで溜息ばかりをついていた「私が」です。

それというのも、体が整ったからこそ人並みに仕事ができるようになったというのも大きい理由です。

そして、新しく生まれ変わった私達の体には、人より多くの仕事を短時間にしかも正確にこなす力すら生まれていたのでした
大きな仕事の打診がきて、それらをすんなりと受けられるようになった背景には、もう一つ、理由があります。

それは、それまでに実践してきた早寝早起きの習慣です。

だから苦もなく早起きをして仕事に取りかかることができたのです。

大量の仕事を正確にこなし、納期にゆとりを持って提出することができたのも、この習慣があったことに大きく感謝しました。

朝、子供が起きる前に時間を確保することができるので、保育園に行かせている時間よりも数時間分仕事を多くこなせるのです。

だから、納期には他の人より断然早く正確に提出できるのです。

そのような強みもあり、私たち夫婦の翻訳者コンビは圧倒的な支持を得られ始めていました。

しかし、私が翻訳の仕事を始めて打ち立てた目標である「国際会議の仕事」はまだまだ遠い夢の話でした。

日々、子供を自転車の後ろに乗せて、ものすごい埃が舞い上がる道を一生懸命保育園まで送り出したあとに、大汗をかきながら、Tシャツと短パンで、ひたすらパソコンに向かっている姿と、

キラキラと輝く国際会議の場で仕事をするということは全く別次元のことと捉えていました。

nic.jpg
短パンとビニールサンダルが日常ウェアの翻訳を始めた頃。
息子は貧血と便秘と喘息の3つの爆弾を抱える虚弱体質。
タイの真夏の気候でもいつも長袖長ズボンスタイルだった。

それでも、理系の技術翻訳、文化、歴史系と様々なジャンルを一手に引き受けて一躍、バンコクでトップクラスの翻訳者に躍り出ました。

当時は二人で大量の文書や図表を翻訳していました。

コンピュータープログラミングの書籍を丸々一冊翻訳したこともあります。

目の前の仕事に一生懸命取り組みながら、私たちは、知らず知らずのうちに『あるステージ』にたどり着いていたのです。

そのステージとは、

2007年秋、国際機関の環太平洋地域の各国の代表が集まる政治経済活動についての会議の「議事録と要約の作成」の仕事の依頼がきたのです。

「えっ、国際会議の仕事だ!」

今まで目標としてきた国際会議の舞台の仕事でした。

政治経済についての翻訳はやったことはないけれど、夫が環境経済についての研究をしているのだから、大丈夫。

私は英語の聞き取りには自信があるのだから、大丈夫。

と、自分たちに言い聞かせて「やります、できます」と若干膝に震えが来ることも構わず、引き受けてしまいました。

そして、当日、私達は久しぶりに一張羅のスーツを着込みました。

そして、相変わらず乗り合いバンに乗って、バンコクを目指しました。

rotto.jpg
乗り合いバン(ロットゥー):1台のバンに12人が定員。

この乗り合いバンには時刻表はなく、定員に達し次第、順次出発という非常にアバウトな乗り物。

スカイトレインを乗り継ぎ、会場の五つ星ホテルまでは徒歩で行きました。

次々に高級車が到着するそのホテルでは、その日の参加者で徒歩で会場玄関に到着したのは私達二人くらいだったのではないかと思います。

s.jpg
会場となったThe Sukosol Bangkok(旧Siam City Hotel)

会場となるホテルはもちろん、5つ星ホテルで、外観からロビーからキラキラしていました。

s02.jpg

赤い絨毯が敷かれ、花で彩られた会場入り口には、会議参加者をおもてなしする飲み物やアペタイザーが差し出されていました。

kanappe.jpg

このような歓迎を一スタッフの自分たちも各国代表と同等にいただけることに恐縮しながらも、そのおもてなしのありがたさにある種の到達感を感じました。

「遂にここまで来れた!」と、しみじみ思ったのです。

実際の現場に入ると、何十カ国もの代表が集まり、それぞれの国の強烈なアクセントの英語が飛び交いました。

会議の内容自体よりも、手強いものが待っていたのです。

私たち夫婦は一部の地域の方達の英語があまりに聞き取りづらく、想定外の事態に失神しそうになりました

しかし、勝負はここからです。

家に持ち帰った会議の音声を本当に耳の皮がすり切れるまで何度も何度も聞き返しながら議事録を作成しました。

納期はものすごく短いものですから、眠くなったら石でできた床に転がって休み、またすぐに起き上がって取り組みました。

この取り組みの結果として、「次の年にも私たちにまたお願いしたい」と依頼される出来となりました。

この経験を通じて、

私は、

「すごい・・・!夢が叶ってしまった・・・!」

と、背筋がゾクゾクする思いでした。

通訳として参加するという形ではなかったけれど、確かに目標とする国際会議の仕事をこなすことができたのです。

この国際会議の現場で活動できるようになるまでの期間は奇しくも、

ちょうど、あの魔法の習慣を始めてから1年後だったのです。

夢が叶った私は、もしかして、ひょっとすると、今までしたかったことの全てが本当にかなえられるんじゃないかと考え始めました。

あれもこれも、いつかはいつかは・・・と思い描いていることの全ては、実はあっという間に叶えられることなんじゃないかと思い始めたのです。

そこで、やりたかったことを全て書き出してみたのです。

●子供がいるから
●子供が病気がちだから
●外国(それも郊外)に住んでいるから
●主婦だから
●まだ若すぎるから
●もう、こんな年だから

・・・・様々な言い訳をして行動に移せなかった数々のやりたいことを書き出してみると胸が高鳴りました。

●ヨガの指導者の勉強がしたい
●国際交流のための仕事がしたい
●歌の勉強がしたい

すると、いろいろな情報が集まってくるのを感じました。

まるで神様が近くで見ていて、そちらの方向に糸をたぐりい寄せてくれているようにです。

まず、今まで通っていたヨガの教室に講師資格認定講座の情報があったことに気づきました。

先生に聞いてみると、すぐさまバンコクで講座が受けられることを知りました。

そこで、早速、ヨガの講師資格認定講座を受講することに決めたのです。

しかも、この時の資格認定講座の開催日程は土曜日に1日ずつ開催されるという形でした。

だから、日曜日に息子を夫に任せて私はバンコクまで数時間かけて資格認定講座に参加できたのです。

しかし、私が講座を終えると、その次回以降の日程は平日連続で受講する日程に変更になっていました。

もし、私が受講する時にそのような日程だったら、私は確実に受講することをためらってしまったのに違いないのです。

これも、天の采配を受けて、この講座を受講できたのじゃないかと思っております。

 

仕事がなければ仕事を作る

翻訳の仕事を通して、私は国際交流や日本の文化を世界の人に知ってもらうお手伝いをすることが好きだと言うことを再認識しましたし、大変興味が湧きました。

そして、その頃、なぜか突然、

「日本語を教えてほしい」

という人から連絡がありました。

実は、翻訳をぽつぽつと行っていた頃、日本の国際交流のサイトで「日本語を教えます」というお知らせを出したことがあったのです。

そのときには、何の音沙汰もなく、何ヶ月も放置されていたのに、翻訳の仕事が一つの山を迎えて『何かもっとやりたい!』と思っていた頃に調度、連絡が来たのです。

私の心は既に翻訳から離れて国際交流のための仕事がしたいということで一杯になっていました。

しかも、大きな夢も願えば叶うと体験から確信した私ですから、ただその方一人に日本語を教えるのではなくて、もっと多くの人を巻き込んで日本の国際交流に貢献したいと思いました。

なぜなら、「私たちが暮らす大学院の中で、日本語を学びたいと思っている方が多いんじゃないか」と常々察していたからです。

ait.jpg
健太郎の留学していた大学院大学のAsian Institute of Technology

この大学院には、アジアを中心に世界中から学生が集まっていました。

学生といっても、国の将来を担うような重要なポストの仕事に就きながらさらに学んでいる方がほとんどでした。

そのような方達は、日本との関係性が深く、日本の技術を学んだり、日本に留学したり、仕事で訪れたりすることが将来的に必要だったり、夢であったりする方が多いのです。

だから、日本語を学ぶことはみんなの憧れですし、実際に切迫して求められていることでもあったのです。
しかし、この大学院には日本語を学ぶコースがありませんでした。

それならば、自分が教えてみてはどうかなと自分で大学の語学センターの学部長と直接交渉してみたのです。

いかに、多くの学生が日本語を今すぐ学ぶことを必要としているか、多くの学生がわざわざ遠くまで日本語を学びに行かねばならない状況であるか、

この大学はアジアの発展のために作られた大学で、この大学こそが学生の求めに応じて日本語コースを提供すべきではないかという点を説明しました。

そして、講師としては、私自身が適任者であることもお伝えしました。

すると、すんなりと学部長は私に日本語コース設立のプロジェクトを一任してくださったのです。

私は、英語を指導する経験は家庭教師や塾講師などで経験を積んでいたし、翻訳の仕事のキャリアもなんでもかんでも売り込んでみました。

それにしても、日本語講師の経験も全くゼロのところから、

国際的な大学院大学の日本語コース担当の主任になってしまったのです!

また、日本の文化を伝える活動もしたいからと、すぐに国際交流のための慈善茶会を企画しました。

このために、茶道の講師の資格と経験を持つ私の母を講師として日本から招待し、バンコクの日本人の方達の中からボランティアを募りお手伝い頂き、多くの外国人の学生やご家族の方達にご参加いただいてワークショップは大盛況でした。

tea_ws.jpg
ワークショップの様子:着物を着ているのが母

また、以前から興味のあったアカペラの愛好会にも入りました。

小さいながらも一歩一歩やりたいと思っていたことを叶えていったのです。

そして、鳥蝶をバンコクに設立する!

資格認定講座に参加しながら、私はヨガを何人かの方に教え始めました。

また、息子の小児ぜんそくの克服の経験から日本の自然療法についてもワークショップを開催したり、小児ぜんそくを患うお子さんをお持ちのご両親に求められて体質改善のための指導を始めていました。

その中でも、ヨガの講座は出張形式で行っていましたが、口コミで次第に多くの生徒さんが集まるようになり一つの決心をしました。

それは、自分たちの思い描く、ヨガや食事など生活を豊かにするための全ての方法を包括的に(ホリスティック)教え、心体人間関係のすばらしさを伝えるサロンの開設です。

私達は二人で熱く語り、夢中になってその夢を現実に移せるように走りました。

当時住んでいたのは大学構内の1LDKの寮でしたが、その数倍の家賃を払ってでも開設したいとこみ上げるものがあったのです。

なぜなら、バンコクまでの距離を毎日のように出張形式で行うには、肉体的にも限界がありますし、

やはり、指導の枠組みもおもてなしも全て自分たちでプロデュースできる自分のサロンを持ちたい!と考えるようになったのです。

そして、トントン拍子にことが運び、サロンを始めて、盛況するようになったのがちょうど、私達が習慣を変え始めた頃から2年が過ぎた頃でした。

自分のお店をもってみたいという漠然とした夢をなんのあてもなく描き始めたその1年後に、私達一家がバンコクでサロンの物件を内見していることになるとは、私自身、後から思えば背筋がゾッとするほど、思ってもみない展開でした。

wise01.jpg
バンコク・トンローのサロン

その後、バンコクのサロンは話題を呼び、世界中のメディアやお客様が訪れて、体質や人間関係に大きな変化を体験するお客様の声を次々に頂くようになりました。

umagazine_mini.jpg
香港のメディアが取材に来たときの記事

それから2010年4月には初めての書籍を出版することになったのです。

cover_small.jpg
2010年にマーブルトロン社から出版した姿勢美法

 

あなたの願うこと全てが現実化してしまう

思い出してください。

冒頭で述べた私が溜息をついていた時、なんて言っていたかを。

「書籍化かぁ、夢のまた夢だよね」

これです。

はい、そうです。

 

この言葉のその通りでした。

確かに2006年の4月の私が書籍を出版することなど、完全に夢のまた夢であったことは私以外にも世界中のだれもが認めるでしょう。

しかし、

それからきっかり4年後、習慣を変え始めてから実にたったの3年半の歳月ではい、実現しちゃいました。

その「夢のまた夢の」書籍出版までもが。

お分かりでしょう。

人間には不可能なんてないっていうことが。

本当に、ただただ「転がる」ようにそこに辿りついてしまうんです。

確かに目の前のことのためにはベストを尽くしてきたつもりです。

しかし、その目の前のことが次々と次のチャンスを運んでくれ、ただ飛び乗るように勢いよく生きていただけです。

そして、気がつくと夢が叶っていたのです。

そうです。
願ったことは叶ってしまうんです。

それから先は冒頭で述べたような経緯で私は今、あなたに語りかけています。

なぜなら、これは、あなたの物語でもあるからです。

この文章を書き出してみると私自身、もう疑うことすらばかばかしくなるほどに明らかなんです

それは、「あなたの願うことの全てが実現してしまう」っていうこと。

もちろん、何もしなければ、あるいはアプローチの仕方が悪ければ何も起こらないし、もしかしたら悪い方に変わっちゃうかもしれない。

だから私はあなたに人生に恋するための習慣を知ってほしいのです

この習慣を身につけることで、あなたはゆっくりと、しかし、確実に現実を動かしていくことができます。

もちろん、この当時までに私の行ってきた習慣はとても荒削りなものです。

そこから10年以上が経過し、たくさんの仲間と積み重ねてきた経験の蓄積によって

人生に魔法をかける知恵は磨かれていきました。

 

それを私たちはハーブヨガと名付け、たくさんの方に知ってほしいと思いこれまでその知恵を公開してきました。

さぁ、あなたの物語の扉を一緒に開いてみませんか?

 

国際ハーブヨガ協会の公式アカウントです。宗冨美江(Fumie MUne)と宗健太郎(Kentaro Mune)による共同執筆の記事となります。

Kotodama Workのワークシートまとめ:Kotodama Workとは自分についての発見や気付きという快感を得るワーク

ハーブヨガクラスには色んな特徴があります。
絵を描いたり、クラゲになったり、もちろん、ハーブボールを当ててみたり。
そして、最も変わっているプロセスがKotodama Workというものです。
これは姿勢美法のセッションの後に、一人ひとりが自分の人生について考えてみる、と言うもの。
例えば、こんなワークがあります。
・自分の好きなことを大量に挙げてみる
・過去1週間の自分の食事内容を思い出してみる
・自分が死ぬまでに絶対にしてみたいことについて考える…などなど
こんなことヨガクラスで考える必要あるの?
 
非常識なんじゃないの?
そんな風に見えるかもしれません。
じっと座ってワークシートに向き合うのは、まるで学習塾みたい?
気持ちよく体を動かすためのヨガっていうイメージからは程遠いですよね。
「ヨガクラスなのにどうして、こんな質問について考えないといけないの?」
私がサロンを始めた頃、生徒さんからこんな声を頂くんじゃないかと内心ビクビクしていたのを覚えています。
しかし、結果はというと、むしろ、紙とにらめっこしながら頷いたり、涙目になったり、ハッスルしながら、
サラサラ、サラサラどんどん鉛筆を書き進める生徒さんたちの様子を目にしました。
そして、
「自分の人生について考えるのが楽しい!」
「自分の発見や気付きをシェアできるのが爽快で快感!」
「もっともっと自分の人生について考えたい」という熱烈な声!の嵐
クラスによってはKotodama Workのシェアの際に泣いてしまう人も多数です。
そうです、皆、Kotodama Workのもつ自分との対話を求めていたんです。
自分の人生について深く向き合って考えようとしても、日常生活の様々な用事に追い立てられて時間をとるのが難しいですよね。
だからこそ、誰にも邪魔されない環境の中でたとえ10分でも自分に向き合えるというのは貴重な時間になるんだと確信したのです。
そして、ただいま、国際ハーブヨガ協会ではこれまで培ってきた様々なノウハウをどんどん公開して、世界にお役立て頂くミッションを続けています。
今月からはついに実際のハーブヨガクラスで用いているKotodama Workシートのワークについて公開しています。
さらに、必見のワークの背景についても解説しています。
是非、是非、お役立てくださいませ。

ハーブヨガクラスで用いるKotodama Workの解説

Kotodama Work01 嬉しい出来事を探すから自己重要感=幸福力が増していく

Kotodama Work02 時間の使い方を知ることが夢の第一歩になる

Kotodama Work 03 飽食の時代だからこそ、食事への意識を高めよう

Kotodama Work04:1年後・10年後・30年後から逆算するから、夢は着実にかなっていく

Kotodama Work05:本当の自分に戻る鍵は「あなただけの知っている長所」を見つけること

https://herbyoga.jp/kotodama-work06/

国際ハーブヨガ協会の公式アカウントです。宗冨美江(Fumie MUne)と宗健太郎(Kentaro Mune)による共同執筆の記事となります。

Kotodama Work05:本当の自分に戻る鍵は「あなただけの知っている長所」を見つけること

5 自分の長所と短所:

Work 01.

あなたの子どものころに感じていた、「自分だけが知っているあなたの長所」を挙げてください。

 

Work 02.

Work01で挙げた長所を持っている人は、逆にどのような短所を持っていそうですか?客観的に考えて見ましょう。

 

 

ワークの解説

私たちには自分が得意だと思えることと、不得手だと思っていることの2つがあります。

これはホロスコープのような先天的な要素で決まっている部分もあれば、努力によって伸ばすことのできる部分もあります。

長所は私たちの人生を生きていく上での強みとなり、短所は私たちの人生に落とし穴を設ける弱みとなりがちです。

しかし、一見すると相反するこれら2つの特性は、実を言うと、表裏一体で存在していることも多いものです。

例えば、「好奇心旺盛でいろいろなものに関心を持てる」というのが長所だとしたら、「一つのものへの集中力が長く続かず飽きっぽい性格」ということもできるのです。

 

ここであなたに注意してもらいたいことがあるのです。

それは私たちは自分自身の長所と短所を明確に引き受けて生活していないということです。

じゃあ、何を引き受けているかというと、多くの場合、それは職能と言われるもの、つまり、自分が働いている職場での自分の能力です。

例えば、エクセルができるとか、対応が丁寧だとか、部下にびしっといえるとか、そういう要素です。

これらは一見すると、自分の長所であるように思いますが、実を言うと、仕事の役の中で自分が選んでいる(選ばされている)仮面にしか過ぎないのです。

 

しかし、自分の長所を職能とイコールにしてしまうことには問題があるのです。

それは自分の職場という舞台を失ったり、そこでの立場が危うくなってしまったりすると、自分自身のアイデンティティそのものが揺らいでしまうからです。

長所だと思っていた部分を否定されてしまうと、「自分は大した人間じゃなかったんだ」と自分の価値を見下げてしまうのです。

 

だからこそ、このワークを通じて、自分の思う長所を探してみましょう。

長所が多いからよいとか、少ないから悪いというものではありません。

大事なのはあなただけが知っている長所を探すことです。

そのヒントは多くの場合、あなたの子ども時代にあります。

あなたが子ども時代に自分はこういう人間なんだと思っていたことを掘り起こすのです。

 

そして、このワークではさらにその長所が裏返った時の姿=短所を明るみにします。

短所と思っていたものが、実はあなたの人格の形成、ひいてはあなたの人生の旅の仕方に大きな影響を与えていることに気づくでしょう。

是非、このワークをあなたの身近な人ともシェアしてみましょう。

国際ハーブヨガ協会の公式アカウントです。宗冨美江(Fumie MUne)と宗健太郎(Kentaro Mune)による共同執筆の記事となります。

Kotodama Work04:1年後・10年後・30年後から逆算するから、夢は着実にかなっていく

WORK01.

将来を見据えたときに、今よりもっと幸福に生きていくために望ましい習慣、或いは払拭したほうがいい習慣について考えてみましょう。

 

 

  どのように幸せか? そのために必要な習慣 そのために払拭すべき習慣
 

 

1年後

     
 

 

10年後

     
 

 

30年後

     

 

ワークの解説

私たち人間は動物の中でも非常に珍しい機能を持っているといわれます。

それは未来を考えることができることです。

例えば、人間に最も近い霊長類であるチンパンジーでさえも、「明日」という概念はわからないと言われています。

基本的に動物というものは、明日のことを予想して生きることはできません。

チンパンジーは未来を想像しないから絶望はしませんが、人間は容易に絶望する。でも、絶望するのと同じ能力の「未来を想像するちから」があるから、人間は希望をもてる。 参照元:チンパンジーと人間との 違いは想像するちから:松沢哲郎 ・動物心理学者、霊長類学者

しかし、そうであってさえも、私たちが普段から予見しているのはあくまで喫緊の課題だけです。

例えば、「今日は何を食べよう」「今月はどこそこに行こう」という話題が基本的に頭を占領しているわけです。

一年先のことはあくまでフィクションとして、「こうだったらいいなぁ」と思い描く対象でしかありません。

そして、一年たってもまた、「来年はこうだったらいいなぁ」と願うのです。

これでは願いがかなわないまま堂々巡りをするだけです。

 

そんな時にあなたにおすすめなのがこのワークです。

自分自身の30年先までを想像してみることによって、今からスタートまたはストップするべき習慣が明らかになるのです。

そして、未来を習慣を通じて想像することには大きな効用があります。

それは今日の習慣が必ず未来の大きな結果に結びついていると確信できることです。

今日の一歩は確かに小さな一歩かもしれないけれど、必ず貢献しているという確信です。

その結果、あなたは今行うべき習慣をワクワクした気持ちで実践できるのです。

何か無理をして結果を残そうとしても、モチベーションが下がってしまって持続できないことが殆どですから、このように人生を逆算して現実に臨むことはとても効率的なことなのです。

国際ハーブヨガ協会の公式アカウントです。宗冨美江(Fumie MUne)と宗健太郎(Kentaro Mune)による共同執筆の記事となります。

ハーブヨガ留学 in タイ・バンコク 私の体験 エリコさんのケース:性愛やパートナーシップへのビジョンを得る

最初に

過去に開催したバンコク留学合宿講座にご参加の複数の生徒さんの体験談をエリコさんという一人の女性として以下にまとめ、ご紹介しています。

エリコさんの体験談の講座スタイルは、現在開催しているカリキュラムとは日程や内容が一部、異なります。

ただし、ハーブヨガを学ぶ一人の生徒さんという視点ではビジョンは同じですのでハーブヨガを学ぶ際のご参考にしていただければ幸いです。

 

3週間の講座 :エリコさん 38歳 女性

私がハーブヨガを知ったのは、インターネットを何気なくさまよっている時だった。

もともと、ヨガや瞑想に興味があった私は、

その当時、「講師資格を取るのもいいかな~」と思って色んなウエブサイトを見ていたのだ。

「ハーブヨガ???」

それは私の知らない種類のヨガだった。

「また、新種のヨガ?まぁ、でも面白そうだし、見てみようかな・・・」

私は目新しいヨガの種類が紹介されている「ハーブヨガ」のホームページに何気ない気持ちで入ってしまった。

それが運命の分かれ道とも知らずに。

ハーブヨガのページには多種多様な情報が網羅されていて、「なんだこれ!?」と驚きの感覚のほうが強かった。

特に、ハーブヨガや姿勢美法という新しいメソッドを開発していて、

しかも、私の好きなタイで教えているのが斬新で印象に強く残っていた。

バンコクでカリスマ的な存在になった後、日本でも書籍を出版するなど、

実績を認められていることなど、ページを読み進めるうちにハーブヨガに魅力に夢中になっていった。

この時点では自分がこの人生を変える講座に参加するなんて微塵も考えていなかった。

むしろ、怖いもの見たさというか、好奇心だけでページをスクロールしていったのを覚えている。

私はそれまでにハタヨガ、アシュタンガヨガをやってきたけれど、

ハーブヨガのアプローチは他のヨガとは全く異なっていた。

というか、ヨガという枠組みだとどうしても運動=アーサナの完成を目指すと思っていたけれど、

ハーブヨガの場合は人間関係とか、言葉や他の様々なことまで含む。

それらは確かに大切だけど、

既存のヨガでは扱わないものを真正面から扱っている印象を受けた。

「言葉かぁ・・・」

私はあんまり自己表現が上手くない。

過去の人間関係においても、言葉足らずなために相手を傷つけたり、

自分の気持ちを素直に伝えられなかったりしていた。

その当時は誰も付き合っている人もおらず、自分の言葉とか人への接し方に疑問を持っていたのも事実だった。

ヨガの技術について教えてくれる養成講座はいっぱいあるし、

海外でヨガ資格を取れるところもいっぱいあるけれど、

どれもが平均的で、「私のための講座」という感じではなかった。

そういった講座は参加者も皆、明るくて、元気そうで、馬鹿みたいに幸せそうに見えた。

だからこそ、あまり深いことを学べないんじゃないかとか、大手の講座が本当に自分にあっているか不安があったのだ。

「浜辺でヨガのポーズを取るのだけが目的でもないし・・・」

そういった広告の中で美しく映し出された参加者の様子は何だかとっても「浅い」もののように思えた。

私は本物に出会いたかったのだ。

その意味ではハーブヨガは私の知りたかったこと、不安を抱えていたことについて、

何かきっかけを与えてくれるんじゃないかと思ってしまった。

「資料請求?」

読み進めていくと、資料をメールで送信してくれるらしい。

請求してみることにした。

もちろん、この段階では本当に自分が講座に参加するとは思っていなかった。

大体、3週間も休みが取れるとは思ってなかったし、

自分がこういった本気度の高い(?)ヨガの講座に値するのか分からなかったから。

そして、事務局からメールが届いた。

 

「どんな内容なんだろう?」と胸をわくわくさせながら資料を読み始めた。

「どんな未知の世界が広がっているんだろう・・・?」

私はどちらかというと、「癒し」を求めていた。

過去の人間関係や、ヨガの分野でも自信を持つことの出来ない、傷ついた自分の心を癒してくれるような講座を求めていた。

海外で講座をやっているというのも、そういった非日常生活が自分の心と体を癒してくれると思っていたからだ。

しかも、ハーブヨガはタイ、バンコクだ。

行ったことはないけれど、常夏の大都会だし、

アジアンなスパやタイ料理も楽しめそうだと、内心、楽しみにしている部分もあった。

「学習するのもハーブヨガだし、きっと、エキゾチックな講座内容で癒されるかも・・・。」

 

しかし、講座資料は私に強烈なショックを与えることになった。

先生たちの熱さに多少なりともビビッてしまった。

読み進めるうちに、冨美江先生の辛らつな言葉がどんどん心に入ってくる。

特に、

「お前、ヨガの先生やってたけど、それって、俺ら、家族にとって何だったの?」

という夫婦にとって、妻がヨガの資格を取るということの将来像をみせられて、ふきだしつつも、

「笑っている場合じゃないか」と自分のこれまでを反省することになった。

確かに私も昔の恋人にヨガのことを、ちゃんと教えたこともなかったし、

彼氏は彼氏で適当に健康管理できるもんだと思っていたから。

彼氏がたまに熱を出して寝込んでいても、何の疑いもなく市販の薬と栄養ドリンクを渡していたし、

それぐらいしかないと思い込んでいた。

彼氏も私がヨガをやっていることについて、運動している程度の認識しかなかったんだろうか。

私は「自分のやっていたヨガって何だったんだろう?」と、

まるで自分が病床の男性になったかのように考えてしまった。

私は自律神経が失調しやすい自分のためだけにヨガをやっていて、例え身近な人であっても教えることはなかった。

ずっと、自分勝手に自己満足をしていたのだ。

このままでは、将来、結婚しても旦那さんにはヨガを教えることはないかもしれない・・・。

さらに読み進めると、抱腹絶倒のユーモアやかなり黒いブラックユーモアなどを交えながら、

かなり分かりやすくハーブヨガのコンセプトを理解することが出来た。

ページ数は多いけれど、面白い写真と図解も多いし、読み進めるのは苦痛ではなかった。

正直言って、ここまで無料の資料に書いてしまっていいのかと心配になるほど、

高品質のエッセンスが沢山散りばめられていた。

資料を読み終えるころには、私が当初持っていたハーブヨガのイメージはがらりと変わっていて、

どちらかというと優しい癒しサロンではなくて、ラディカルでカリスマ的な思想家サロンに思えた。

それはまるでフランス革命前夜のサロンのように、情熱で熱く燃えている印象を受けた。

講座のカリキュラムにしても夢や白昼夢の解析や、

ビジョンの鍛え方、食事、そしてハーブヨガなど気になるものが目白押しだった。

特にビジョンを共有して体質改善を起こしていくという考え方は、

これまでのどのヨガにもない発想で何か大きな可能性を感じた。

もともと、健康や美容といった方面で、何か指導できるようなことがあったらいいなと考えていたので、

手に職をつける意味でもいいかもしれない・・・。

私でも身につけられるかもしれない。やってみたい・・・。

資料を読み始めた日から1週間、その思いが日増しに強くなり、

ついには私は講座日程についての照会を取って見ることになる。

こんな物凄い資料を作ってしまうなんて、

「どんな怪しい人がやっているんだろう?」と、内心思っている部分もあったし、

実際問題として、会社勤めで3週間連続の休みなんてものは期待できなかったからだ。

 

しかし、実際の先生達の受け答えは丁寧で適格だった。

これなら信頼できそうだと思えた。

それから、数日後、私は上司に頼み込んで、連休と有給を駆使して3週間連続はむずかしかったけれど、

2週間と1週間別々の休みをもらうことに成功した。

上司はちょっと驚いた様子だったけれど、何とかOKを出してくれたので感謝している。

今の職場ではずっと無難に生きてきていて、

上司にそんな無理なお願いをしたのは初めてだったけれど、どういうわけか成功してしまった。

自分でも訳が分からないまま事態が進行しているんじゃないかというぐらい、

トントン拍子に私はハーブヨガの門へと吸い込まれていくような感覚があった。

この資料にも書かれている事だけれど、

本当に合宿に来る前から講座は始まっていたのだ。

こうやって、自分の人生について悶々としたり、上司と交渉してみたり、

同僚に仕事をお願いしたりなど、今までしてこなかったことを1週間の間に片付けてしまっていた。

自分の内側にこんな実行力があるなんて驚きだった。

ある意味、「我がままに生きるってこういうことか・・・」

と、自分の勝手さによって、楽しめることを自覚した最初の一歩だった。

心配だったハーブヨガの講座手続きは意思疎通に問題もなく、合宿日程の調整もきっちりと行えた。

タイでの講座参加になるけれど、英語やタイ語の書類を用意することは一切なかったし全てE-Mailで手続きを終えることが出来た。

 

「それではプレ講座をはじめます」

ハーブヨガからのメールで合宿講座以前のプレ講座の開始が宣言されて、

私はKotodama Workと呼ばれる書き込み形式の瞑想法を進めることになった。

それと同時に、事前の体質を把握するためのカウンセリングシートも提出することになった。

それは1週間分の食事・睡眠・運動・排便・スキンシップなどの習慣を書き出して、

先生方に見てもらい、アドバイスを頂くというシステムだった。

確かに人に者を教える立場の人が中途半端な生活をしているわけにはいかない。

私はもともと体が丈夫な方ではないので、食事や睡眠には人一倍気を使っていた。

食事はベジタリアン傾向だったので野菜中心。

調理についてもこれまで手作りをモットーにしてきたので

「結構、気を使って健康生活しています!」と自信たっぷりに書き出した。

料理は嫌いではないし、料理教室でマクロビを習ったので、ちょっと鼻が高く思っている部分もあった。

しかし、先生から返ってきたメールには信じられないほどの粗が指摘されていた。

「朝の食事が重過ぎます」

「朝からホットケーキは見直しましょう」

「カレーやスパゲッティなどの単品メニューが多く、彩りが少ない」

「夕食が遅すぎます」

「寝るのが遅すぎます」

また、フィードバックはこんな感じで行われた:

先生「天丼と書いてあるけど、これは出前?それとも、コンビニで買ったもの?ちゃんと作ってる?」

私「一応、手作りではあるんですが・・・」

先生「だったら、一品で終わらせないで。スープやサラダをつけましょう。」

私「・・・そういえば、時間がなくて・・・」

先生「その割には帰宅後のテレビ2時間は多いような気もしますが・・・」

 

今思えば、先生のフィードバックはKotodama Workそのものだった。

私の足りない部分をどんどん削り、何がその背景にあるのかを浮き彫りにしていく。

確かに、こんな風に指導されれば、否が応でも体質改善が出来てしまいそうだ。

カウンセリングのスキルが違うのだろうか、しまいには自分に必要なことを自分で勝手に考えてしまうようになった。

今まで「健康的」な生活をしてきたと思っていたのに、思った以上に破天荒だったのだ。

そういえば、生活全般にわたって指導された経験なんて私にはなく、

ヨガならヨガの運動だけ、食事ならレシピと調理法だけをやってきただけだった。

献立を見ただけで、「手作りの食卓が見えない」という冨美江先生の千里眼に、

今まで、手作りしているだけで安心しきっていた自分に気づいた。

本を読んだり、教室に通って学んだだけで、やっている気になって、

しっかりした習慣になっていなかったことに『ギクッ』とした。

「こんないい加減さで、私は人に『健康』とか、

『美』とかについて教えたいと本気で思っていたんだろうか?」

そう、私は言葉に詰まってしまったのだ。

そして、どれもこれもが実際は当たっていたのだ。

冨美江先生からはメールで以下のようにアドバイスをもらった。

「今の食事や運動量などの生活のままで合宿にご参加になった場合、

いきなり生活スタイルをデトックス型にすることで、好転反応という、

排毒反応が強く出すぎてしまうこともあります。

場合によっては、前半を殆ど寝て過ごすということになりかねませんよ。 」

気合の入る一言だった。

確かにサロンでヨガを行ったり、自分に向き合ったりすることで、好転反応が出すぎてしまうのはまずい。

せっかく参加するのだから、充実したものにしたい。

私はメールで送られてきたハーブヨガの教科書にあわせて生活を変化させ始めた。

具体的な改善のアドバイスだけではなく、

「どうやったら自分の生活リズムに合わせて、デトックスが出来るのか」

を自分の頭で考えさせるワークなども行い、理解を深めていった。

プレ講座に参加するだけでも、

「自分が今までやってきたことって何だったんだろう?」

と、自分の分厚くなった殻を少しずつ壊している。まさしく、目から鱗の体験が何度も起きていた。

資格取得を考えている場合は、姿勢美法だけはきっちりと行ってくださいとのことだったので、

教科書でもある書籍を注文して、ハーブヨガのホームページのWEBビデオを見ながらエクササイズを行う。

最初はビデオの中の冨美江先生みたいに脱力が出来ず苦労したけれど、

1週間後には瞬時に脱力できる体になれた。どうやらメソッドも自分にあっているような気がして嬉しかった。

バンコクへ出発

そして、月日は流れ、ついに日本を発つときがきた。

朝10:40分に成田を発ち、15:00ぐらいにはタイ、バンコクのスナンナブーム空港に着くとのこと。

フライト中はわくわく半分、不安半分だったけれど、

「ついに、行くんだ」と、自分の美クエストが本格的に始まっているのを感じていた。

これは今まで自分のわがままで大きな旅行や休暇を貰ったことがなかったので、

こうやって一人で海外旅行するのは自分にとって初めての冒険といってもよかった。

ただ、タイに行くのは二回目だったし、観光地も多くて好きな国なので不安はなかった。

飛行機の中の他の旅行者たちの浮かれ顔を見ていると、何だかこちらまで嬉しい気分になってきて、「日本人がこんだけ行くんだから大丈夫だろう」とタカをくくることにした。

冨美江先生から事前にバンコクには日本人が数万人住んでいて、サロンがある場所は特に安全だと聞いていたので、それほど心配はしていなかったけれど・・・。

スワンナブーム空港はタイの旅行者数千万人を受け入れる空の玄関口。

国の顔なだけあって、近代的なつくりになっている。

多種多様な人種に混じって入国受付を終え、いざ、公共のタクシーでサロンへと向かう。

タイ語で書かれたサロンまでの地図を渡されていたので、

一応はその目的地まで行けるらしい。

場所が分からなくなった時には日本の携帯電話で会話が出来ると聞いていたので、安心している部分もあった。

猛烈にスピードを上げていくビビッドピンクのタクシーは空港のある郊外を抜けて、ビルの立ち並ぶ都市部に入る。

流石は一国の首都だ。

運転手はサロンのあるトンロー通りに入り、思ったよりもすんなりサロンの前に着いた。

よかった~。

メーターは220Bぐらい。

それに空港使用料の50Bを足して、270Bが料金だった。(訳1000円程度)

無事に着いてよかった。

タイ語の地図があって助かった~。

私がわさわさと荷物を降ろしていると、宗先生二人が出迎えてくれた。

二人とも会うのは初めてだったけれど、

何度も何度もメールでフィードバックしてもらっていたので他人という気がしなかった。

ただし、第一印象としては、資料のような「辛口」な感じはしなくて、

人当たりが良さそうな人でよかったーと安堵した。

サロンは瀟洒なタウンハウス群の中にある。

縦に5階建ての建物で、クラスを行う教室は3階と4階にある。

アットホームだけれど、日本の建築とは造りが違って開放感があるし、かなり広い。

作りもお洒落なので、道場というよりはやっぱり、サロンといった雰囲気だ。

 

【合宿の一日】

合宿生活はこんな感じだ。朝は6時ぐらいに起床。

私の場合は先輩の方が姿勢美法を教えてくれて、朝からメソッドを習得した。

その際には健太郎先生や冨美江先生が現れて、

ちょっとしたアドバイスを頂けることもある。

これ以外にもKotodama Workを行ったり、

朝の散歩に出てビジョンを見つけたり、

色々なことを行える自由時間になっている。

その後は朝食だ。

サロンで指導している玄米粥と野菜・フルーツ・豆乳のミックスジュース(スムージー)を食べる。

玄米粥はストウブの鍋に既に炊いてある玄米を入れて、20分ほど煮込んで完成。

その際に野菜や作り置きのキンピラゴボウなどを入れていた。

ミックスジュースは生野菜とフルーツと豆乳をミキサーで回したもの。

自然な甘さでとても美味しい。

私の場合、朝はあんまり食べられないので、

お粥とジュースというのは非常にありがたかった。

午前中のクラスが終わると、次は昼食の時間だ。

参加者はキッチンのある1階に集まって、その日の献立を作る。

昼食のメニューは原則としてベジタリアン料理。

基本的には玄米、盛りだくさんのサラダ、野菜のおかず、そして、スープものだ。

メニューを予め決めておいて、みんなで調理するのだ。

料理好きの私にはすごく楽しい経験だった。

マクロビオテック以外にも本当にいろんな種類の料理がある。

今まで一本調子の料理だったので、とてもいい刺激になった。

昼食後に今日のクラスのフィードバックが行われる。

疑問点などを話し合ったり、或いは、実際にクラスで指導した研修生に対して様々なアドバイスを行っていく。

最初は自分の意見が言えなかったけれど、どんどん仲良くなっていくので、

思ったことをちゃんと伝えることが当たり前になって行った。

午後は、食後の休憩を挟んで、それぞれの研修に入る。

ある人は姿勢美法とハーブヨガの練習を行ったり、

ある人は散歩に行ってビジョンを見る練習をしたり、

映画を見てKotodama Workを行ったり、ある人は寝ていたり(これも立派な研修)・・・。

この時間に持ち回りで決められる夕食当番の人は、夕食の食材を買出しに行く。

予めレシピを作って、予算の範囲で買出しにまで行くのだから実地で物凄く勉強になる。

それに外国のスーパーマーケットでの買い物はとても新鮮だった。

夕方6時半から食事なので、当番の人は前もってキッチンに入って作り始める。

夕食はお肉を使ってもいいので、さらにレパートリーが広がる。

食事のスタンスについて先生はこういった。

「ハーブヨガの食事のスタンスは「中庸」、「適当」、「いい加減」にあります。

今後、食事のカウンセリングをしていくにあたって、

お肉や魚や卵を扱い方を知らないとか、敵視するのは問題だからです。

マクロビオテックは基本的に病気の人のための食事ですし、

それ以前に、久司道夫先生なんかはマクロビは世界平和を求め、

霊性を高めるための食事と銘打っています。

それにハーブヨガでは朝・昼とデトックス系の食事になっていますから、

バランスが取れれば夕食は自由に決めてもいいんですよ。

歯の割合を見てもわかるように、人間は雑食性ですから、肉だって食べる生き物なんです。

大体、レシピよりも食卓の場や会話という方が長期的に見たら重要なんです。

お互いに関心がないような無言の食卓では、すぐに健康を害してしまいますよね」

なるほど、食事についても人間関係のバランスを保っていったり、遊びの要素を入れていくのか~。

今まで、食事といえばレシピや調理法しか知らなかった私にとって、これは大きな発見だった。

でも、確かに栄養に拘りすぎることなんかよりも、笑顔で食べられているかのほうが重要だと思う。

それに、マクロビを習って以来、肉や魚を食べるのが億劫になっていたけれど、背景に何があるのか考えたこともなかった。

ただただ動物性食品を毛嫌いしているのは浅はかな考え方だったのかもしれない。

夕食後は自由な時間が用意されている。参加者によっては買い物に行ったり、

或いは本を読んだり、マッサージに行ってみたりと好きなことを行う。

また、場合によってはCoffee Shopプログラムが開講される。

このプログラムはとても面白いもので、それぞれの参加者が自分の内側を発表する時間になっている。

詩や歌や踊りや、会話や、何でもいいんだけれど、とにかく吐き出すというプログラムだ。

参加者しだいで不定期に開講されるけれど、

主催者、つまり、パフォーマンスする人はお茶やコーヒーを入れて、それを一人10Bで他の参加者に売る。

そのことで、おもてなしの心を磨いていく。

その後、夜の10時半~11時までの間に就寝。

私の場合は就寝前まで他の参加者と色んなことを話したり、聞いたりしたのが大きな刺激になった。

サロンの周りは繁華街ではないし、大通りからも離れているので、夜はぐっすりと眠れるのも良かった。

【ハーブヨガ&姿勢美法&Kotodama Work】

初めてハーブヨガを体験した時には、ハーブの温熱と香りが気持ちよくってとろけそうだった。

これまで一度も味わったことのないヨガだ。

このヨガを日本の人に紹介すれば、きっと受ける!と私は確信した。

動きも難しくないし、アシュタンガヨガみたいにパワーを使うこともない。

ある程度の柔軟性があれば、無理をすることが殆どないヨガなのだ。

そして、もっと驚いたのが姿勢美法だ。

姿勢美法は30分ぐらいのクラスになっているけれど、恐ろしく濃密なのだ。

特に初回だったので、写真とビデオを撮影してもらって、自分の姿勢をつぶさに分析してもらった。

「かなり反り腰ですね。膝の裏がぴんと張りすぎています。」

姿勢美法は日本でもやっていたから、反り腰がどんな姿勢だかは知っていたし、

心理的に見ても自分にそういう傾向がありそうだなぁとは感づいていた。

しかし、写真で見たり、映像で見たりすると、自分の姿勢の歪みが「これでもか」と迫ってくる。

確かに、ここまで反り腰だと、及び腰になっていて決定を先送りする傾向があるって言われても仕方ない・・・。

姿勢美法を一回行った後では反り腰が解消されてしまい、驚いてしまった。

Kotodama Workについてはプレ講座から必死に行っていたので、

思った以上にすらすら書けることに気がついた。

食事の内容や嬉しかったこと、子供のときの思い出等、自分の親との関係などなど、

書くこと自体は苦ではなくなっているのに気づいた。

1ヶ月前までは「あなたの長所??何だっけ?」と自分について何も知らなかったのに、

今では一応はちゃんと書けているのだから、自分が身につけた習慣の力に感心してしまった。

【夢や白昼夢の解析】

そして、一番、興味があったのがビジョンや夢を解析する作業だった。

主として、火曜日にこのセッションが行われると聞いていた。

しかし、夢やビジョンを解析するのはハーブヨガにとっては「日常」の一部。

「夢とか、白昼夢に期待せず、その世界を楽しむこと。これが第一歩ですね。

習慣に出来ない夢占いと一緒にしてはいけません」

健太郎先生が何か難解なことを言ったような気がするが、

要は、日常生活から夢や白昼夢に向き合えということなのだろうか?

何か魔法のようなものを期待していた私は、

「じゃ、どうやって向き合えばいいの?」と目を白黒させることになる。

「そこで、皆さんに講座期間中、

書いていただくこの習慣力育成ノートに「夢・白昼夢」のページを設けています。

こちらにその日に見た夢やふっと浮かんだアイデアを書き出してください。

散歩中に浮かんだものでも、何でも結構です。正解なんてありませんよ」

そういって、健太郎先生から『習慣力育成ノート』が配られた。

私の場合はとりあえず3週間参加するので3週分となる。

中には食事や時間管理、運動、睡眠、そして日常的なKotodama Work等がパックになって納められている。

夢や白昼夢についても書き込む場所があって、思い立った瞬間に書き込むことができるのですごく便利だった。

しかし、中々、解決できない問題が起きた。

「あれ?今日見た夢、なんだっけ?」

私の場合、いきなり夢を書き込むなんてことをしようとしても、中々出来なかった。

講座案内の資料で夢の大切さについては十分に理解しているつもりだったのに、夢を思い出すことができないのだ。

理由は二度寝してしまうことや、そもそも、今まで夢なんかに関心を払ったことがないことも挙げられる。

夢なんていうのは記憶の断片で深い意味なんかないと思っていたのだ。

勿論、フロイドやユングといった精神医学者の話は知っていたけれど、

それはあくまで精神疾患のためにあると思っていたのだ。

「エリコさんは夢を見るための柔軟性が低いですね。もっと現実世界でストレッチして見ましょう。

午後は散歩をして、どんな白昼夢が見えたかを書き込んでください。

どういった場所で、どんな感覚を覚えただけでもいいですよ。」

中々夢を覚えていられない私に先生は街歩きを勧めてくれた。

バンコクの街、特にサロンのあるトンロー地区は歩道も整備されていて、比較的歩きやすい場所だった。

私はトンローの通りを闊歩したり疲れたら、行きかう人々を眺めたりしながら、熱い空気の壁を通り抜けていた。

あるお店の前を通ったとき、私にフッと、子供のときの記憶が蘇ってきた。

「確かあれは・・・」

それは小学生時代の教室で仲良く遊んだ3人組の顔だった。

彼女たちとは今では何の接点もなくなっていたから、

「何でいまさら」とその白昼夢の意味が分からなかった。

それでも近くのカフェに入り、ノートに書き留めた。

名前はまだ覚えていたけれど、今はどうなったか分からない彼女たち。

私たちはいつも三人で一緒に登下校したりして、遊んでいたなぁと思い出した。

そういった友人関係が今ではすっかりなくなっていて、どちらかというと仕事に埋没しているのが自分だった。

よくよく考えれば、あの三人組でいる時が一番面白かったような気もする。

まだ、小学4年生ぐらいだったし、自由気ままに遊んでいられたからだ。

「自由気ままに・・・か」

そう、今ではもう自由気ままになんて言っていられなくなっている。

お仕事もあるし、(結婚をそれとなく促してくる)親との関係もあるし・・・。

「あのころはよかったなぁ」なんて年寄り臭い言葉が喉まで出掛かっていた。

私は一連の思索を書き込むと、先生たちに報告をした。

先生「そうですか。もう、今じゃ自由じゃないって感じてるんですね。

子供のときの記憶は何かの象徴でしょうけれど、今回の場合は『自由だった時代』の象徴なんですね」

私「はい・・・。今じゃ日常生活の中にやらなきゃいけないことが多すぎて、溺れているような感じがあるんです」

先生「ちょっと、待ってください。エリコさんの『やらなきゃいけないこと』って、本当にやらなきゃいけないんですか?」

私「え・・・」先生「その『やらなきゃいけないこと』を必死にやっているのに、

どうして溺れるような感覚になるんでしょうね。充実しててもおかしくないのに。

ひょっとして、エリコさんの『やらなきゃいけないこと』は『やりたいこと』とちょっと違うんでしょうか?」

突然の問いだった。

しかし、確かに、自分にとって、「やりたいこと」は別にあった。

いつかは、人の笑顔を見られる仕事をしたい・・・。

人の健康とか、人生の質を高められる仕事をしたい・・・。

それについては『死ぬまでにやりたいこと』というKotodama Workで考えてもいた。

だけど、どう動いていいかは分からなかった。

先生「自由かどうか、に拘るのではなくて、自分の楽しいと思うことに拘ってみましょう。

せっかく、タイに来たんですから、自分自身が楽しいと納得できるものを探してみたらどうでしょうか?

楽しいことから逃げちゃ駄目ですよ。

確かにそれは楽チンですけど、結局、何もできない状態、怠惰になるだけです」

この時は先生の言葉の意味は半分ぐらいしか理解できていなかったように思う。

「そうか、楽しいことを探してみよう」程度にしか・・・。

だけど、それはもう既に決まっている気がした。

自分にとって楽しいのはヨガを行ったり、心や体のチャネルを開いたりするなど、

どちらかというと内向きのものだと思っていたのだ。

しかし、その思い込みを変えてしまう事件が起きた。

【笑い】

ハーブヨガの講座の面白さは色んな要素が錯綜するところにある。

笑いについての講座なんて自分で言うのもなんだけど、精神性とどう関係するのかが分からなかった。

テレビでバカ騒ぎする芸能人に辟易している部分もあったし、

それ以上に、私自身が人を笑わせたりするのが苦手だったからだ。

しかし、そんな私が今、目の前で出されている課題はというと・・・。

「それじゃ、エリコさん、今まで自分があった中で、

一番変わってる人について面白く話してください!」

これだ。これが課題なのだ。私は緊張で鼓動が聞こえてきそうになって、

消え入りそうな声で「ごめんなさい、思い浮かびませんでした」と白旗を揚げたい気持ちで一杯になっていた。

それぐらい人前で話すのが苦手だし、しかも、笑いを取るなんて不可能だ。

クラスでは先生がユーモアの大切さを力説する。

確かに、笑うことによって人は何倍も大きくなれる。

それは分かっているんだけど、自分がいざ笑わせようとなると上手く行かないのではないかと不安になる。

初っ端から緊張と焦りで困っている私達を見て先生はこんなことを言った。

「柔らかい体を持っている人はヨガのアーサナを苦もなく出来ますよね。

だけど、やわらかい心を持っている人は人を笑わせることが出来るんです。

体がいくら柔らかくても、心ががちがちじゃ話になりませんよね。

心の中にある出せるものを出してみましょう」

先生のこの言葉には「はぁ~」っとため息が漏れるような感銘をを受けた。

そうだ。私の心はそれぐらい頑なだったのだ。

いつからか「馬鹿にされたくない」「賢いと思われたい」そんな気持ちで毎日を過ごしてきたからか、

心まで硬くなっていたのだ。

このままじゃ駄目だと思って、タイまで来たのに結局、同じじゃつまらない。

そして、気づいたら、非常に自然な形で私も発表が出来るようになっていた。

勿論、いきなりどっかんどっかん笑わせることは出来ないけれど、

それでも小笑いぐらいなら・・・と謙虚な気持ちで頑張った。

私は自分の内側にある馬鹿なものを、とりあえず、出してみよう。

そう思うようになった。

他の参加者にしても、真面目そうな58歳の女性は表情豊かに話し出すし、

普段は冗談のひとつも言わないように見える方の番になって、

大丈夫なのかなと人事ながらも私の心配をよそに、

本当にリラックスした様子でクラスに参加していて、サラッと発表してどっかんと受けていた。

別に面白いことを言おうと無理するのではなくて、自然に出てくる感じなのだ。

これが場のビジョンに感応するって言うことなんだろうか。

私達は教室という場に乗せられて、自分自身の内側をどんどん開放して行った。

感応し始めた私達は熱い塊になって、クラスの中に溶け込んでいった。何ともいえない一体感があった。

「それじゃ、エリコさん、

今から『能天気なアメリカ人』になって、

『おつりが足りないこと』をアピールしてください!」

先生から次の課題が出される。

「能天気なアメリカ人」ってどんなのだろう?

何ていえばいいんだろう?

皆の視線が私に注がれる。

私はつばを飲み込んだ。

「オーウ!オツリガタリナイヤンケ、目玉カッポジッテ数エヤガレ」

最後の方は声が裏返ってしまったけれど、一応、伝えることが出来た。

顔に血液が一気にいく。「自分は何を喋ってるんだ~」と自責の念に駆られる。

確実に滑ったなという確信だけはあった。

アハハハハハハハ!

しかし、皆、開口一番に大笑いをしてくれている。

皆、笑い上戸なのかって言うぐらいに大声で。

「いや~、さすがエリコさん。もはや憑依ですね」

健太郎先生がめちゃくちゃな関心の仕方で頷いている。

「エリコさんは話し方も上手いし、センスがあるんじゃないですか。

これからも出し切っていきましょう」

先生方は場をまとめ、誰にでもユーモアの力があることを教えてくれた。

それはいわば『こだわりを放す力』。

今まで自分が拘っていたものや掴んでいたものを客観化して、その価値を知ろうとする力だ。

私はお笑いというものをどうしても『低次元』だと思っていたけれど、

それはきっと、自分に取れないブドウはすっぱいって言った

イソップ童話の狐と同じように、

負け惜しみを言っているだけだったんだと気づいた。

そういえば、

資料に出てきたハーブヨガの神様は「お前たちはもう与えられている」

と言っていたけれど、こういうことを指していたのかもしれない。

テクニックとか知識じゃなくて、まずは笑わせてみたいと思うこと、

自分の殻を破りたいと思うことで道が開けるのかもしれない。

笑いのクラスを通じて、

それまでは

「何でもかんでも深刻に眉間にしわを寄せて考えれば「許してもらえる」と思っていた自分」

がいたことを反省することになった。

先生は

「私たちは精神とか、病気とか、チャクラとか、セックスレスとか、深刻な問題ほど笑って入るんです。

深刻な問題は深刻な顔で話さなきゃいけないなんて、そんなルールはありませんよ。

深刻な顔をして『困った、困った』と言っているだけの人たちは、実

際には問題の解決に向き合わず、

『暇つぶし』をして時間の過ぎるのを待っているだけなんです。」

と言っていたけれど、私もそういったしたり顔の人物の一人だったようだ。

笑い飛ばしてはいるけれど、その裏には人への優しさ、厳しさと言うものを包み込んでいるんだなと思った。

【Field Quest】

ハーブヨガと姿勢美法、食事法、夢や白昼夢の解析を日常的に行い、

もはやそれが習慣になってきた私。

ハーブヨガに来て、1週目最後の土曜日、ついに、初めてのフィールドクエストに参加した。

フィールドクエストと言うのは土地を通じて、

自分に映ったビジョンを見るという取り組みだ。

しっかりとデトックスが出来ていないと見えないこともあるらしいので、

この1週間入念に取り組んできたのはこのためだったのだ。

さて、どこに行こうか。

前回の散歩は1時間だけだったけれど、今度は何時間使ってもよいことになっている。

バンコクの街や海辺の町を散策して、自分だけのビジョンを見つける小旅行がこのプログラムだ。

参加者は思い思いの場所を告げて、定刻にサロンに戻り、ノートを提出する形になっている。

普段から行きたい場所を目星をつけおいて、そこに行くのもいいし、

先生たちに方角を相談するモデルコースと言うのあるので、それに従うことも可能だ。

先生たちは中国の易で使う八卦を使って方角を見てくれる。

私の場合は、チャオプラヤ川の川辺で一日まったりするというのが性分にも合っていたので、今回はそこに決めた。

行き方をネットで調べておいたので、いざ出発。

先生に言われたとおりにバンコクの運河をボートで西へ西へと進み、

チャオプラヤ川まで目と鼻の先まですぐに行けた。

私の場合、そこから地図を頼りに歩き出し、いろいろなものを発見した。

1. プラスメン砦

大昔は使われていたものだろうか?白い要塞。

大砲の跡はあるけれど、今はモニュメントになっていて多くの旅行者が散歩に来ていた。

ここで要塞の周りを歩いていると、『踊る戦士たち』の白昼夢を見た。

タイのラーマキエンという伝統舞踊から来ているのだろうか、

それにしても何だか物悲しい雰囲気だったけれど。

2. 寺院群

ワットポーやエメラルド寺院など色んな寺院が目白押し。

ビジョンをメモするなら観光地に行っても、別段構わないというのも嬉しい。

ただし、私の場合、ここでは人が多すぎるのか、ビジョンは見えなかった。

3.チャオプラヤ川

ひたすらでっかい川。ゆったりと流れているけれど、色んなボートが行き来する。

桟橋の上で大きな亀がゆっくりと泳いでいくような白昼夢を見る。

あまりに生々しいのでそれが本当に実在するような気になった。

4. ボート

渡し舟に乗って川の波を味わう。

数分間の乗船なので、酔うことはなかった。

昔、家族で伊豆に旅行に行ったときの事を思い出した。

その時も船に乗ろうとしたのだが、風でさんざん待たされたげく結局乗れなかった。

5. 散歩

霊的に整備されていると先生は言っていたけれど、確かに、桟橋の周辺や寺院までの道を歩き回っているだけでも気分がいい。

何気ない通りでも見渡しがきいて、安全な感じがした。

散歩中に立ち寄ったカフェで人間観察していると、

大学時代の友人(少し、気になっていた男性)が歩いているような気がした。

きっと、私の心が彼を呼び出したんだと思う。

午後3時すぎぐらいに、いったん、カフェに入り、今日見たものをまとめる。

踊る戦士→大きな亀→伊豆旅行→大学時代の友人という順番で、最もリアルなのが亀だった。

ビジョンを解析するに当たって、一番、肝心なのが身体感と先生は言った。

私も一応、一週間頑張ってきたのだから、とにもかくにもやってみようとペンを走らせる。

私の内側に浮かんだ疑問符は以下のとおり。

その亀を見て、どう思ったのか?

どんな気分だったか?嬉しい?悲しい?怖い?

どんな感情が当てはまる?

気持ち悪くないのはどうして?

色は?音は?

昔、同じようなものを見たことは?

あなたにとって、亀とは?

その亀を通じて、何を思い出す?

映画?写真?人間?

質問には型があるけれど、自由に連想していき、私は一つのアイデアに気がつく。

亀って言うのは、私にとって魅力のある生き方だったってことだ。

私は子供のときに兄がペットショップで買ってきた亀をよく覚えている。

ちょっと何を考えているのか分からなかったけど、かわいくて、学校帰りによく餌を上げていた。

ボーっとしているのが魅力的というか、老賢者のようなイメージがあったのだ。

しかし、大きくなりすぎたので亀はペットショップに返されてしまった。

今じゃ理解できるけれど、親に相当怒ったのを覚えていた。

その亀が未だに生きていて、タイのチャオプラヤ川を泳いできたようなイメージだ。

これは私にまた悠々と生きなさいと言ってるのだろうか?

少々の苦難があっても、大丈夫ということだろうか?

そんな感じで、他のビジョンについても『それが今の私に何を教えてくれているのか』を考えていった。

第一回目のフィールドクエストを通じて、先生たちと解釈を一緒にして、総体として以下のようなことが分かった。

先生が言うには、得られたビジョンに『答え』とか、正しい解釈なんてものは存在しないのだそう。

ビジョンはそれを生きるか、生きないか、の二つしかないのだそうだ。

私の場合、せっかく得られたビジョンであっても、それを日本に帰ってからも生きられるのかと言うと、かなり微妙だった。

少なくともその時点では、自分のリズムと言うのがどこにあるのか、何なのか、さっぱり掴みあぐねていたから。

【姿勢美法・ハーブヨガ】

二週目に入ると、姿勢美法とハーブヨガもやっと板について実行できるようになる。

私たちにデトックスをもたらしてくれるハーブを蒸す香りがいとおしいぐらいになった。

ハーブヨガはハーブの調合法を学び、クラス前には自分たちでハーブを準備できるようになった。

ハーブボールの作り方や材料のレシピも教えてもらったので、これで日本に帰ってからも実行できそうなのが嬉しい。

希望者はバンコクのローカルマーケットまで行って、タイハーブの買い付けに行き、その後に調合法を学ぶことができる。

プライやカー等、見たことも聞いたこともないような種々のハーブを扱うのだから、何だか魔法使いになったような気がした。

姿勢美法では参加者同士で歪みを指摘したり、癖を観察したりと、

実地に基づいての指導が始まっていて、人間を観察する能力が一気に高まった気がしていた。

街を歩きながら人々を観察するワークでは、

「幸せそうに見える人」や「不幸せに見える人」を判断したり、

その理由を探ったりして、自分自身の観察眼が磨かれていくのを感じた。

自分の姿勢について、反り腰はだいぶ収まったけれど、今度は脱力が出来なくなったり、

色んな部位に少しずつ変化が現れ始めていた。

いや、これまでも自分の体をヨガを通じて観察していたつもりだったけれど、

結局、アーサナを行うことに集中しすぎていて、きちんと認識していなかったのだと思う。

一週目が過ぎると、朝の時間帯に早めに起きて、参加者同士で姿勢美法やヨガを行うことが出来るようになる。

他の参加者も指導者志望の方だったので、先生に指定されて講師役と生徒役を交互に行うことになった。

姿勢美法はエクササイズ自体は難しくないし、壁を使うから誰でも指導できる・・・。

その考えは甘いことに気づかされた。

「エリコさん、ちゃんと××さんのこと見て指導していました?」

早朝のクラス終了後、観察していた冨美江先生がずばりと本質的な質問をした。

言葉に詰まる私がそこにいた。

そう、私は単に姿勢美法のメソッドを実演していただけだったのだ。

自分が完璧にエクササイズを行うことに集中して、生徒のことなんか全く見ていなかったのだ。

「生徒がしっかり出来ていれば、先生は体をうごかさなくったっていいんですよ」

と、冨美江先生はいうではないか。確かに先生は生徒を指導するために存在する。

私は自分勝手に『踊り』を踊っていたようなもので、恥ずかしい気持ちになった。

この経験があってから、クラスで先生方がどのように指導しているか目を光らせるようになった。

体を動かす運動系のクラスであっても、自分の心理的な傾向が出てしまうって言うのが、

怖いと言うか、ものすごいシステムなんだなと感心した。

【性愛について】

ハーブヨガの講座の中で、一番異彩を放っているのがこの講座だと思う。

夢や白昼夢の解釈や、病に向き合うこと、或いは、笑いについて向き合うのも、これに比べたら異質だとは思えない。

だって、面と向かって男女の性愛について教わったこともないし、それほど真剣に考えてこなかったからだ。

「性愛と言っても緊張せずにリラックスして、笑いの精神で臨んでいきましょう。

こういったコンプレックスにかかわるような問題はついつい本気で考えてしまいがちですが、そんなんじゃ駄目ですよ。

肩の力を抜くのが大事。

性愛はセックスレスや不妊の問題とも大きくかかわっていますし、

実際に日本の大問題になっている重大な問題だからこそ、笑い飛ばすんです」

講座では自分自身の男性観・女性観を洗いなおしたり、

過去の恋愛に向き合って、どんなパートナーシップが素晴らしいと思うのか考えたりというKotodama Workを行っていった。

恋愛経験が少ない私だったけれど、先生曰く、『量より質』。

小学生のときの初恋でも何でも含んで、考えていった。

その過程で、困難な問いに何度も直面した。

例えば、『結婚はどうして必要なのか』とか、『子供はどうして欲しいのか』といった問いにまとにも答えられなかった。

結婚適齢期に入って、とっくに過ぎ去っているのに、

まだまだ自分は子供なのかもしれないと軽い自己嫌悪に陥りそうだった。

冨美江先生は、

「セックスも、子供も結婚もエゴなんですよ。打算があっていいんです。

自分を正直に見つめて、笑い飛ばしてみましょう。

答え辛いと思ってしまうのは、自分のエゴとの折り合いがまだついていないからなんですよね。

じゃ、健太郎先生はどんな打算が合ったのか教えてください」と、

ユーモアを交えて私たちをフォローしながら、心の奥深くに向かうことを応援してくれた。

最初は答え辛いものばかりだったけれど、それでも自分の内側から出てきたものや、新しい気づきになったのは、

  • 相手に自分のことを知って欲しいという欲求が強い。だから、縛ってしまう。
  • 本当は相手に自分の駄目なところを見て欲しい、許して欲しい。
  • 恋愛を通じて女として一皮向けたい。例えば、言いたいことはちゃんと言えるようになる等
  • 思った以上に男性を意識して生活していること
  • 昔の交際相手のこと(特に悪い点)を時折思い出してしまうこと
  • これまで男性との接し方を変えようと思ったり、向上させようとは思ってこなかったこと。
  • 弱みを見せると負けな気もしていたこと。
  • メリハリのない体にコンプレックスがあるので、どうしても性行為に奥手になってしまうこと。
  • 何年も付き合った相手でも、話題に出すことさえはばかってしまうこと。
  • 性愛を楽しむなんていうのは何だか低俗で、考えないほうが大人だと誤解していたこと
  • 実際に多くのカップルがセックスレスが原因で別れている現状を知り、性というものを理解しなければ、健康の指導なんてできないということ
  • どんな問題でも同じだけれど、苦手なものを見ないようにすれば解決するわけでもなく、見て見ぬ振りするだけ問題の根は深くなっていくこと。

といったことだった。私は思った以上に自分勝手な恋愛観をしていたのだ。

そして、セックスについて真正面から考え見たことで、自分のコンプレックスや今後の自分自身の人生設計について大きな示唆を得ることになった。

【Field Quest 第二回】

二回目のフィールドクエストは吉方でもある南の海に向かった。

バンコクの南のフアヒンという都市だ。

朝の7時に乗り合いバンに乗って、3時間半かけて到着した。

道路がいいのかあまり揺れず、思ったよりも寝ることができて良かった。

行きかたは事前に調べておいたし、先生たちにも聞いていたのでスムーズに到着した

。到着してからはトゥクトゥクで海に向かう。

当日のフアヒンの海は静かで、風も凪いでいた。

私は先生から紹介されたカフェに入ったり、砂浜のテラスでぼんやりしたりして時間の過ぎるのを楽しむ。

波の音が耳の奥まで入ってきて、色々な情景やビジョンを私に運んできてくれた。

得られたビジョン:

1. 貝殻

海の近くの屋台街で貝殻を発見。

150バーツと安くはないが記念に一袋を購入。

それを砂浜に並べたりして、子供のように遊んだ。

貝殻を耳に当てると、「コーッ」という音が聞こえる。

それを聞いているだけで、海にいつまでもいられるようなそんな気がした。

2. 遊ぶ子供たち
観光地なだけあって、ビーチには子連れの人たちが沢山いた。

性愛のクラスで結婚について考えたばかりだったので、

子供を見ると、「いつか私も・・・」と考えてしまうようになった。

遊ぶ子供たちを見ても、『うるさい』とか、

『邪魔』とかしか考えられなかったのに、今では愛おしいような存在になっている。

子供の高い声が波の合間に消えていくのが、

何だか子供時代の自分を思い出させてくれた。子供時代と言っても、父親のこと。

いまではすっかり優しくなったけれど、子供時代には怒りっぽくておっかない存在だった。

3.波打ち際

今日は日帰りで来たので、海に入るつもりはなかった。

公共のシャワーブースもあるけれど、すごくローカルなもので、

そんなに綺麗ではないと聞いていたからだ。

しかし、白いサラサラの砂浜を歩いていると、

波打ち際を抜けてくるぶしまでは浸かってみたいという衝動に襲われる。

『どうせサンダルで来たんだし、一応、タオルもあるんだから』

と海の誘惑に負けてしまい、ひんやりした海水を味わう。

波を蹴っていると、昔飼っていた犬がじゃれつくのを思い出した。

4.海

Let’s Seaというデッキのあるレストランで遅めの昼食を摂る。

周りはカップルや友人連れが多く、いい雰囲気。

遠くまで広がる青い海に涙腺が緩んでいくのを感じた。

アイスのカフェラテを飲みながら、海をぼんやり眺めていると、

小さな船が足元の海から出港していくようなそんなビジョンが見えた。

頼りないような雰囲気だけど、小さい船であっても、大きな海を渡っている。

5. 浜辺のクラゲ
浜辺にクラゲが打ち上げられていて、その漂っている姿に何か自分と似たようなものを感じた。

フワフワとしている自分の気持ちの投影だろうか。それとも別のものだろうか?

実はクラゲの姿を見て、今、自分の内側にいる『気になる人』のことを思い出したのだ。

今の段階ではあくまで「気になる」程度なのだが、そういえば彼といるとちょっとした気遣いが優しくて楽しい。

一緒に仕事をするときは、浮ついた気分になってしまうけれど、自分からご飯とかに誘うことなんてない。

私はコロニアル調のホテルのカフェテラスに座り、今日あったことを書き出して整理してみる。

観光に来たような感覚があったので、ひょっとしたら何も見えていなかったんじゃないかと思ってしまうけれど、以下のようなことが得られるのではないかと思った。

私はそういったことを書きながら、涙腺がじわじわ熱くなるのを感じた。

初めは何の感覚なのか分からなかったけれど、これがビジョン(=生き方)と向き合うっていうことなんだろうか。

辛いことばかり思い出すのではなくて、

「なるほど、こことここがつながっていたのか!」という発見の感覚。

信じられないぐらい、私は自分のことに関心がなかったので、いくらでも私についての謎が生まれてくるのだ。

夕方、4時ぐらいにバンに乗ってバンコクに帰る。帰り道は疲れていたのか、やっぱり眠ってしまった。

フィールドクエストについて、先生からは

『だいぶ、向き合い方が上手くなりましたね。

これならきっと、日本に帰ってもビジョン自体を見たり、考えたり、

そこからメッセージを得たりすることは可能でしょう。

だけど、一番、大事なのは、そういった習慣を形成することです。

そのためには、あなたは魂を共有するような友人や恋人を必要とするでしょうね。

何でも分け隔てなく話し合える人物を探し始める必要があります。

一人ではこの旅は完結しないんです。

そのオンリーワンを探して、高めあう旅はどんなヨガを極めるよりもエキサイティングで、険しくて、面白いんですよ』

との助言を頂いた。

【帰国後】

2週間を終えて、日本に帰った後、私は10年ぶりの引越しを行う。

今の職場に移ってから、同じ場所に住み続けていたのだ。

職場は変えていないけれど、何か心機一転したかったのだ。(それに偶然にもアパートの更新時期が重なっていたというのもある)

日本では友人を集めてハーブヨガと姿勢美法の指導をとりあえず始めてみた。

区の公民館を借りて、その実費やハーブ代などだけ実費の参加費だけ頂く形で始めた。

これまで友達相手にすらヨガを教えようと思ったことはなかったのに、大きな心境の変化だった。

これもビジョンで見た旅立つ船の影響が大きいのだろうか?

バンコクにいるときに、先生から『クラス計画』のワークを与えられて、

自分なりに1時間から1時間半のクラスを設計していたので、思ったりもすんなりとクラス開講までいけたのにはびっくり。

友人たちも「やりたい、やりた~い」と、ハーブヨガに興味しんしんで参加してくれて、

しかも実際に効果を少しずつでも感じてくれたのは驚きだった。

やっぱり、メソッドとしても効くのだろう。

指導法に関しては先生から指導法講座や習慣化法講座をもらっていたので、

そちらを聞いて、何度も講義ノートを作成した。

サロンにいる先生のように名人芸は出来ないかもしれないけれど、

自分は何かに向かっているようなそんな高揚感があった。

【最終週:1週間】
そして、数ヵ月後、私は再びタイに渡る。

ハーブヨガや姿勢美法を教えていて、沸いてきた疑問や合宿からずっと付け付けていた夢やビジョンのノートを持って。

【指導法】
最後の週ではヨガや姿勢美法の指導法をまずはマスターしたいと思っていた。

『自分が見せるのではなく、相手を見ること』
『自分にだけ集中しないこと・・・』

ハーブヨガの指導法は私が受けたどんなヨガクラスよりも、生徒と講師を大事にしていると思う。

最初に私が姿勢美法を復習がてらに教える。

冨美江先生からは

「日本でも教えていただけありますね。よく出来ていますよ」と褒めてもらって、ちょっと有頂天になる。

よかった~。頑張った甲斐があった!

それでも、実地の指導練習に入ると、ハーブヨガの講師の方からも絶妙なツッコミが入る。

やっぱり、まだまだ・・・といった感じ。

この週では腰痛のある人、関節痛のある人、妊婦さん等、様々な人にどう指導するかも学習した。

冨美江先生は

「アーサナのモディフィケーションこそがヨガなんですよ。

一人一人にヨガという山があるんです。

ポーズの『完成』なんてものは存在しないんです」

と話していたけれど、私の知っていたかつてのヨガクラスとは大違いだ。

そこではポーズの完成が受講の目的だった。

そのヨガ教室では上級者と初級者が一緒のクラスに参加していても、

初級者の人たちは居心地の悪そうな苦笑いをしながらクラスを受けていた。

先生はダンスの先生もしていて、柔軟性も筋力もばっちりの方だったから、ヨガのポージングはまるでダンスのように美しかった。

ただし、 クラスはちょっと殺伐としていて、

上級者たちも初級者に声をかけるとかいったこともなく、ちょっと内心、馬鹿にしていたように思える。

いや、私自身が柔軟性がない人のことを「かわいそう」と思っている節があったから、そう思うのだろうけれど・・・。

そのクラスでは、モディフィケーションというのは、

未熟な人や怪我をしている人のための効果が何割が割引されたものだと思っていたからだ。

「一人一人がヨガの山を登るか・・・。」

ハーブヨガでの体験を通じて、私自身のそういった思い込みや高慢さはガラガラと壊れ始めていた。

私はまだまだヨガを競技か何かだと思い込んでいたようだ。

昔から運動が得意ではない私だったけれど、体だけは柔軟だった。だから、ヨガを始めたというのもある。

「これなら、私にも出来そう」というのが段々、慢心になってしまったのだろうか。

「私たちは一人一人が人生の山登りをするお手伝いをするんです。

私たちが誰かの山の頂きにいて、引き上げることもないし、押し上げることもありません。

たま~に疲れている人を癒したり、或いは目的を見失って落胆している人を元気付けたりするのが目的です。

それこそが私自身の山を登ることになるんです」

冨美江先生はそういって笑うけれど、中々の覚悟がないとそこまで言えないなと思った。

私は指導者としてまだまだだけれど、一歩ずつ、登っていきたいと思う。

【病に茶を出す】
『病に茶を出す』というのはハーブヨガのハーブヨガのコンセプトだ。

先生は自分の息子さんの看病や自分自身の婦人科系の病気の例を挙げて、そのことを解説してくれた。

私の場合、これまで大きな病気をしたこともないし、家族も一応、健康体だと思っていた。

このクラスのワークで、家族の疾病の歴史を書き出すと言うものがあってやってみたところ、

よく思い出せば父親が具合を悪くしたのが一度だけあった。

私が大学受験に失敗して、予備校に通っていたときのことだ。

実は滑り止めの大学には受かっていたのだけれど、「どうしても」ということで、浪人させてもらった。

その時、あんまり父親と話すこともなく、

受験生として頑張らなきゃいけないことが山ほどあったので、

父親との関係はあまりよくなかった。

そんな中で、父親が目の奥の病気で手術し、1ヶ月間ほど、寝たきりになってしまった。

専業主婦だった母親が付きっ切りで介護していたようだけれど、どんな様子だったのか、実はあんまり覚えていない。

それぐらい、自分のことだけに一生懸命だったのだ。

幸いにも父親の健康は回復して、その後は普通に職場に戻れたけれど、

あの病は何だったのか考えることは一度もなかった。

『昔は大変だったね・・・』と、のん気な言葉で労をねぎらって終わりになっている。

ひょっとしたら、父親すらもあんまり深く考えていなかったのではないだろうか。

健太郎先生は言う。

「病が起こること自体は悪いことではないんですよ。私たちは病の苦しみから学ぶことも多いですし、病があって始めて人生に向き合える人も多いんです。

もし、病を『邪魔なもの』として片付けてしまったら、今度は異常な行動や心の症状として表れるんです」

私は自分が父親の病に向き合ってこなかったことを今更ながらに反省した。

父親はあの時、私のわがままな浪人に何も言わなかったけれど、

本心ではがっかりしていたのだろうか、心配していたのだろうか。

今度、帰ってそれとなく話してみようと思う。

ハーブヨガでは体をいたわり、言葉や思いをかけながら、ヨガを行っていくセッションがある。

それが体内の気・血・水のバランスを改善してくれるのだ。

それも同じように病に茶を出すと言うことなのだろう。

まだまだ奥が深くて完全に理解しているとは言いがたいけれど、

病と友達になれそうだと思っただけでも大きな収穫があった。

【Field Quest 第三回】

最後のフィールドクエストのお題は場所の気を読むというものだ。

私はバンコクの暴動があったラチャプラソン交差点をその目的地に選んだ。

サロンからタクシーとBTSで15分。バンコクのど真ん中の場所だ。

周りには高いビルが立ち並び、ホテルやショッピングセンターに行く人々で賑わっていた。

1. エラワン廟

私はまずハイアットエラワンホテルの近くにあるエラワン廟に行ってみた。

あたりはタイ人の信者とそれを取り巻いて写真を撮る観光客でごった返している。

色とりどりのお供え物をする人やタイの伝統舞踊を奉納する人がいて、

やっぱり外国に来たんだなぁと言う気分になる。

むせ返るような線香にびっくりさせられる。

ここも賑わっているところで圧倒されたからか、

あんまりビジョンは得られなかった。

私の場合はにぎわっているところはビジョンを見るのに不利なのだろうか。

2.歩道橋

BTSチットロム駅とサイアム駅を結ぶ歩道橋の上から、

暴動とその激突があった現場を眺める。

今はもう平和で多くの車と歩行者で賑わっていて、当時の面影は全くない。

それにしてもこの大きな道路を埋め尽くすほど人が集まるなんて、

どういうことなんだろうと思ってしまう。

歩道橋からぼんやりと大通りを眺めていると、

大きなショッピングセンターの上から二つの雲が現れて絡まりあう白昼夢を見た。

昨年の暴動は赤シャツと黄シャツが戦ったと言うから、それが原因なんだろうか?

少し、気味が悪くなったので、私は場所を別に移した。

3.伊勢丹前のガネーシャ廟(プラピカネー)

バンコクにも伊勢丹があるというので行って見たけれど、かなり大きい建物。

その前にあるガネーシャ神の廟も神々しいのでびっくりしてしまう。

あたりには人がいっぱいいて、さすがに都市のど真ん中だ。

前もって調べておいたことによると、暴動で伊勢丹とつながっているショッピングセンターが火事になったとき、伊勢丹だけはかろうじて無事で、暴動後すぐに復旧したそうだ。

それも商売繁盛のガネーシャ神のおかげなんだろうか?

私はガネーシャ神の近くのベンチに座って、行きかう人々を見る。

ガネーシャ神は恋愛もつかさどるらしくて、カップルで来ている人たちも多く、少しさびしい気持ちになる。

その時、日本人の家族連れが伊勢丹に入っていくのを見る。

それが私の知っている人に見えた。昔の彼氏にそっくりだったのだ・・・。

もしやバンコクに来た?それ以前に結婚して子供まで?

まさかそんな筈もないと思い、もう一度、よく見たけれど、やっぱり別人・・・。

良かった~というか、なんと言うか、ほっとした自分がいた。

ふと、我に返って、この安堵は何なんだろうと考えると、

『昔の彼氏が結婚して、子供までいて、幸せになっている』というのが気に食わないんだろうなと思う。

彼は付き合っているときから子供に関心はなかったし、それなのに今では幸せそうにしているのが憎いのだろう。

他人の不幸を祈っているようで、私はとんでもなく利己的で情けない人間だと思うけれど、

そんな部分があるんだなぁと自己認識するようになった。

その後、先生たちと一緒に解釈を行い、全体として、ビジョンが何を教えてくれたかと言うと、

私がラチャプラソン交差点で得られたビジョンは結局、自分自身の恋愛と言う非常にプライベートなものだった。

勿論、場の気を感じることも出来たと思うけれど、それ以上に自分自身の過去との対話のほうが大きかった。

冨美江先生と相談すると、

「場の気、例えば、カップルが多いとかそういう要素に自分のチャネルが増幅されたんでしょうね。

普段は思わないようなことであっても、拡大されて感じたりするんですよ。それで結局、何が得られましたか?」

と、逆に質問される。

「う~ん、私自身、

『過去を払拭したくない』と思っている部分があるようだと思いました。

昔のほうが若くて優れているとか、思っちゃうんでしょうか。

情けない部分なんですね」

冨美江先生は、

「昔の自分も今の自分も繋がっているんですよ。

彼氏がいたとか、いないとか、所有することで優劣なんて決まらないはず。

ひょっとしたら、今でも人間関係に『私の彼』とか、そういう所有関係を見ているのかもしれませんね。

まぁ、これは単なる視点に過ぎないですが・・・」

と、アドバイスする。

これまでの恋愛遍歴のワークを見て、私はもう一度、その関係を探ってみると、確かに、当たっている・・・。

過去にも私は男性を自分のもののように扱っている部分があった。

今、関係が少しずつ進展している会社の同僚においても、それは同じかもしれない。

でも、きっとそれじゃ駄目になる・・・。

「優しさ」とか、「男らしい」とか、「話を聞いてくれる」とか、そういった魅力を私のものだと勘違いするのは傲慢な話だ。

昔の私は自分に自信がなくて、私の中身が空っぽだと思っていたから、相手の何かで埋め合わせてもらおうと思ってしまうのだろう。

今はそうじゃないはず。

自分の見たいものを見にバンコクまでやってきて、色んな体験を通じて、自分が満たされていることを知った。

むしろ、誰かを満たしたいと思っているぐらいなのだから。

私は昔の彼を払拭することにした。

彼の幸せを祈ることにしたのだ。

【私の美クエスト:最後に】

最終週が終わり、私は岐路についた。

初めはドキドキしていたタクシーの荒っぽい運転にも今では少しは慣れた。

飛行場には色んな人種でごったがえしている。

大混雑している。

皆、思い思いの場所に旅に出るんだな。

成田行きの飛行機が少し遅れ、ターミナルで待ちぼうけを食らわされる。

その待ち時間に、タイ人の老夫婦が私に声をかけてきた。

一人でぼんやりしているように見えたのだろうか。

本当はビジョンを見ようと必死だったのだけれど・・・。

一人は日本語が片言ながら喋れるようで、

「観光ですか?」と聞かれ、なんと言っていいのかわからない顔をしてしまいそうになる。

少し間を置いて、「あ、観光です」と答える。

老夫婦は二言三言、言葉を交わしてその場を離れた。

あちゃ~、人生を変える体験をしたのに、観光なんて安易だったかなと反省する私。

でも、何て言ったら良いんだろう?

そう言えば、「光」を「観」るとかいて、観光と読む。

そういえば、冨美江先生がこんなことを言っていたのを思い出す。

「この死後世界地図っていう本によると、

生きている間は誰でも光を感じて、音を感じて、

味を感じてという風に、五感を使って生きていられるんですよ。

でも、死んだら、自分の執着だけが残って闇の中にとり残されるって言います。

まぁ、この本の真偽はともかく、生きているって言うのはそれだけ素晴らしいんですよ。

霊性にかかわらず、誰だって、五感を使って生きていけるんですから。

だったら、それをフル活用しないと勿体無いですよね」

そうか、私は光(ビジョン)を観に来たのだ。

だから、観光でもいいのかもしれない・・・。

まぁ、人生を変える観光だから、上手い言葉を考えなきゃいけないとは思うけれど。

う~ん、私の『美』を探しに来ましたじゃ・・・かっこつけすぎかな・・・。

さぁ、帰国だ。日本に帰ったら、

まずはもっともっとハーブヨガを広めたいし、

姿勢美法を通じて、体の感度を高めることの面白さを伝えたい。

とても3週間だけ全てをマスターできたわけじゃないけれど、

メソッドもしっかり身についたし、自分の人生に大きな、とても大きな示唆を与えられた。

私は私の人生の山を登ろうと思う。

私のビジョンを見つけて、それを誰かと共有できるようになろう。

気づきを与える人生を生きるために、ビジョンをもっと鍛えよう。

今、思えば、ハーブヨガに出会った瞬間から、私の「美しさ」を探す旅は始まっていたのだ。

ハーブヨガのサロンで学んだ期間はわずか3週間だったけれど、本当に大きなものをもらった。

それは答えではなく、問い。

「自分の人生に恋をするために、今、私はどうしたいのか?」

その問いかけを大事にして、これからの人生を美しいものにしていきたい。

ハーブヨガアカデミー タイ・バンコク ハーブヨガ留学講座

国際ハーブヨガ協会の公式アカウントです。宗冨美江(Fumie MUne)と宗健太郎(Kentaro Mune)による共同執筆の記事となります。
2018年2月16日 | カテゴリー : 体験談 | 投稿者 : 国際ハーブヨガ協会による記事

Kotodama Work 03 飽食の時代だからこそ、食事への意識を高めよう

一週間の食事についてのワーク

WORK01. あなたの過去一週間の食事を思い出して、何を食べたのか以下の表に書き出してください。思い出せる場合は間食も書き出してください。

朝食 昼食 夕食 間食
 

7日前

 

6日前

 

5日前

 

4日前

 

3日前

 

一昨日

 

昨日

 

WORK02. あなたの体はあなたの食べたもので出来ています。この事実に照らし合わせて、あなたの一週間の食事について良かった点と反省点を書き出してください。

思い出せなかった部分がある場合はその理由も考えましょう。

良かった点:

 

 

反省点:

 

 

思い出せなかった場合の理由:

 

 

 

ワークの解説

食事を書き出していくというワークです。

このワークの肝はなんといっても自分が一週間の食事にどれだけ意識を払えているかが分かる点です。

このワークで試されているのは記憶力という以上に、あなたの食事への愛情でもあるのです。

もし、あなたが食生活を変えようと思うなら、まず真っ先に行うべきなのがこのワークです。

なぜなら、今のあなたの食事への愛情=関心が分からない限りは、どんな優れた食事法を行っても的外れなものになってしまうからです。

 

質問の文中にもあるように、私たちは自分が食べているものでできています。

どんな人も食べなければ生きていけません。

それぐらい、食生活というのは致命的な習慣なのです。

しかし、この飽食の社会を生きている私たちにとっては、食事はありがたいものではなく、ありふれたものです。

仕事や娯楽と同じような生活の一場面にしかすぎないように錯覚しがちです。

それほど食事に意識を傾けなくても十分に生きていける社会に私たちは生きています。

お腹をとりあえず満たすものはどこかしこに売っていて、簡単に入手できるからです。

そのため、食事について意識を払い続けることはとても難しいものなのです。

もし、思い出せなくて空白ができてしまっていても大丈夫です。

ご家族に聞いてみたり、日記を読み返してみたりするのもお勧めです。

毎日の食事に少しずつ意識を払い、1か月生活してみましょう。

そして、一か月たったら、このワークを行ってください。

国際ハーブヨガ協会の公式アカウントです。宗冨美江(Fumie MUne)と宗健太郎(Kentaro Mune)による共同執筆の記事となります。

2時間で別人になる!ヨガの先生のための発声の方法

先日の姿勢美法のレッスンでは、本当に不思議でした。

昨日お伝えした足の状態チェックだけでなく、今回はFor ビジネスということで
特に話し方を中心に観ていきました。
こちらは、2018年版の姿勢美法の最新メソッドとして登場したものです。
そこで、発声のポイントなのですが、丹田、背骨、頭蓋骨などなどのポイントを意識していくのですが、それ以前に重要な点があります。
それが、脱力をするということだったんですね。
脱力がしっかりできると、体中から声が響き渡るようになるんです。
これは、太鼓やシンバル、シンギングボールなどの楽器で例えると分かりやすいです。
震えている時に音がでますよね。
手で、触ると音の響きが止まります。
人間の体もそれと同じ原理なのだと思うのです。
力みがあると、ギュッと全身の細胞を閉じてしまっているので体を通じて音が出ていかないんですね。
力みを手放すと、体がまるでシンギングボールのように一つ一つの細胞が見えないレベルで振動します。
すると、信じられないくらい堂々した声が響くのです。
今回の生徒さんも、自分の体の意識するポイントを抑えるとまるで同じ人間?
と思えるほどの変化をたった2時間足らずで起こしてしまいました
どうしても人前で話すということは力みが入ってしまうものです。
しかし、それでは声が通りにくくなりますし、自身の喉にも肉体に大きな負荷がかかります。
ただし、
自分のどこに力が入っていて、どこが抜けているの?
ということは、自分ではまるでわからないものです。
なぜなら、それが歪みというものだからです。
そして忘れてはイケないのが歪みは自分らしく生きるための才能が埋まっている所で、そこをなだめすかせて笑わせてあげれば人生絶対に楽しくなります
2月17日にも開講しますのでご関心のある方はどうぞ。

ご参加の皆様からのレビューもいただきました。

ありがとうございます!


詳細は以下のリンクをご覧ください。

 

国際ハーブヨガ協会の公式アカウントです。宗冨美江(Fumie MUne)と宗健太郎(Kentaro Mune)による共同執筆の記事となります。