どうして、ハーブヨガは地球環境に配慮するヨガなのですか?

ヨガが成立した頃の社会環境については分かりましたが、今度はヨガが成立した頃の自然環境について考えていきましょう。

なぜかというと、人間は有史以来、自然に影響され、自然と対話し、自然を利用することで勢力を拡大してきた生き物だからです。

数千年前に成立したヨガであっても、自然からの影響を避けて考えることはできません。

そして、自然をどのように捉えるかによって、そのヨガを実践する人々の行動は変化するのです。

そこで、こちらの記事ではヨガとハーブヨガが自然をどのように考えるかについて解説していきましょう。

 

ヨガが成立した頃の自然とは?

今の私達は自然と聞くと「ありがたいものだ」「美しいものだ」というイメージがあります。

しかし、ヨガや仏教が成立した当時、人びとは常に自然の脅威にさらされていました。

簡単にいえば、「もっと優しくしてくれよ」というように、祈るような部分があったと思います。

だって、人食い虎は出るわ、洪水にはなるわ、日照りにはなるわ、バッタが異常発生するわ、ですよ。

今だって、天災はたまったものじゃありませんが、その当時は天を仰いで泣くしかなかったでしょう。

自身、雷、洪水、山火事、日照り・・・。

その殆どに対して何の対策も打てないわけですから。

そして、バタバタと周りの人々が死んで行ったり、限られた食料や水をめぐって争いが起きたりするわけです。

このように自然が脅威だったために、そんな過酷な環境から離れるためにもヨガを行う必要があったともいえます。

勿論、ヨガをやっていても、修業中にトラに食われるかもしれません。

しかし、誰かと結婚して、悲しい思いをさせるよりは自由であるという気持ちがあったわけですね。

自分が死ぬことで誰かを傷つけるよりも、修業中に天災で死んだほうがマシだという気持ちです。

これがアヒンサー、不殺戒の根源にある理解だと思います。

自然ほど凶暴なものはないからこそ、そこから離れるという意識が生まれたのです。

ハーブヨガが成立した時代の自然環境

ヨガが成立した頃の社会環境も自然環境も現代と比べ物にならないほど過酷だったことが分かったと思います。

では、ハーブヨガが成立した現代はどうでしょうか?

私たちが生きているこの時代は、社会背景も自然環境も変わってしまっています。

自然はもはや完全な脅威ではなく、むしろ、保護すべき存在になっています。

コンクリートのビルの中にいれば、野獣がやってきて食べられる恐れはありません。

蛇口をひねれば、水が出る社会の中では、渇きで死ぬことはありません。

今はむしろ、人間の方が自然にとって脅威になっています。

人間のゴミが世界を覆い尽くしたり、過度な森林伐採で砂漠化が進んだりしています。

多くの科学者が人類の活動が大量絶滅を引き起こしていると警告しています。

地球の自然環境は今、存続の瀬戸際にいると言っても過言ではないのです。

歴史的に見れば150年の間に人口は爆発しました。

それは以下の図からもわかるように、産業革命や農業革命を通じて、人口が一気に増えていきました。

出典:内閣府ウェブサイトより

 

その結果、人間は自然を破壊する立場へと変わっていったのです。

私達は自然に配慮しなければ、人間の種という自体の存続が危うい所まで来ています。

自然に配慮するというのは、ブッダの時代でもなるべく虫を殺さないようにしようというのがありました。

しかし、今の時代に求められているのはそういうレベルの努力目標としての自然のケアではありません。

人類の生き残りをかけて、ケアをしなければいけないという段階に入っています。

地球温暖化などもそうですが、環境に配慮することは自分たちの種の存続のためにも必須の習慣になっています。

これはほんの150年の間での急激かつ世界的な変化ですから、今まで生きてきたどんな人類も直面したことのない危機なのです。

このためにハーブヨガにおいて自然環境は文字通り、かけがえのないものになっています。

ハーブヨガでは人間の心や体と同様に、地球環境についても配慮することが必須として、捉えているのです。

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国際ハーブヨガ協会の公式アカウントです。宗冨美江(Fumie MUne)と宗健太郎(Kentaro Mune)による共同執筆の記事となります。

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