養成講座参加者のビジョン

あなたも世界を癒やす存在になろう!

誰かに癒やされるのを待っているのではなく、まずは自分自身が他者を癒やすこと、これが幸福の秘訣です。

敢えて言えば、従来の一般の人がヨガに持つイメージでは、これからの時代には対応していけません。

また、そもそも通常のヨガやボディワークでは、婦人科系に対応することすらありません。

むしろ、男性ホルモンを刺激する激しい筋肉運動や呼吸法を行なうと、女性性は下がる一方になることが多いのです。

水着のようなスポーツウェアを着た女性が「運動とストレッチをメインにした体操」をすし詰めのジムで指導するという従来のヨガのインストラクターでは、これからの時代は敬遠されてしまうでしょう。

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従来のヨガでは少子高齢化社会にはもはや対応できない

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今の時代は若い女性でもパーソナルなサービスを求めています。

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山岡美香 36才(九州在住)の未来予想図ストーリー

こちらをご一読頂くだけで講座を受けることであなたの未来がどう輝くか物語形式で体験頂くことが出来ます

※こちらのストーリーは協会がハーブヨガセラピスト養成講座の参加者の未来のビジョンを提案したものです。実際の参加者の感想ではありません。あくまで参考としてお読み下さい。

第1章:講座に出会うまでの私 「母の一言が私の運命を変えた」

「いってらっしゃーい」 

夫は会社へ、長男はランドセルを背負って小学校へ、そして次女を幼稚園バスに乗せ見送ったら、私の一日が始まる。

次女のさなも、年少の頃は、「今日はおうちにいる~」とバスに乗るのをいやがったものだけど、今では、

「お友達のまこちゃんとプリンセスごっこしてるの。それでね、今日は私はシンデレラなの。」

と、はしゃいで幼稚園に行くようになった。

子供達が自分の手を離れていくことに嬉しさはあるものの、子供が自分から離れてしまうことに、今は少し寂しさを感じ始めた。

家事を一通り済ませてからパソコンを開いて結婚前まで就いていた特許関連の書類作成に関わる在宅の仕事をしている。

週に2~3日午前中だけでも取り組んでいることで、今までの専門的な技術を忘れないようにと心がけてきた。


「そうそう、今日は、お母さんとデパートでさなの誕生プレゼントを一緒に買う予定なんだった」

11時に待ち合わせ場所のデパートの2階、レトロカフェサウスにて母親と落ち合う。

結婚して、何ヶ月かごとに母に会う度に、やっぱり母が年老いていくのを実感する。

こうして、子供達が成長し、誕生日を迎える度に、実は父も母もどんどん年齢を重ねて言っているんだなと、母の少しずつ丸まっていく背中や増えていく白髪を見て感じざるを得ない。


「ユウタも、さなも、もう大分、手が離れたでしょう?
あなたは、仕事が出来る有能な女なんだから、子育てばかりに夢中になってちゃだめよ。
せっかくの優秀さがもったいない。

母さんはね、本当は歴史の先生になりたかったの。
3人の子供を育てながら、父さんと一緒に夢中で今のお店やってきて、そんなこと、考える余裕もなくなっちゃったけどね。」

そう、私の父と母は、二人三脚で建材店を切り盛りして私たち兄妹3人を育ててくれた。

そして、その中で、何度か聞いてきた。

母が本当は、歴史の先生になりたかったんだよってつぶやくところを。


「でもね、今の時代、あなたぐらい若ければ、子供がいたって何だってできるわよ。」

「そうかな、でも、まだまだゆうたも、宿題も見てやらなければできないし、

さなも小さいし・・・。

一応、今まで続けてきた在宅の仕事もあるしなぁ。」

「今の在宅の仕事だけが、本当にあなたのやりたいこと?

安定的な収入のためだけじゃなくて、何かやりがいのために新しい世界も覗いてみれば?

大丈夫、子供なんて、勝手に育つんだから。

あなたたち、兄妹がその証拠じゃない。

あなたなら、きっとできる。

今からでも社会で役立つ活躍ができるわよ。」

母がたたみかける様にそう言った。


「あなたがやりたいことを見つけてみなさいよ。」


私がやりたいこと?

やりがい?

社会で役立つ活躍?


私がやりたいことを考えたのは、いつが最後だっただろう?

ゆうたがかけ算がしっかり覚えられる様になること・・・これは自分のことじゃないな・・・。

子供達が早く寝たら、夜にDVDで映画鑑賞したい・・・、なんかチッサイ野望だな・・。

えーと、女の子が欲しかったから、さなが産まれて願いが叶ったこと。

ゆうたの歩くまでが他の子より、ずっとずーっと遅かったから、早く歩ける様にならないか願ったこと・・・。

大好きな旦那と結婚して素敵な家庭を築きたいと願ったこと。

うーん・・・最後に願った自分に関しての大きなことは、結婚して子供を産む時くらいまでだったみたい!

もう、9年以上も自分にしっかり向き合っていなかったなんて、信じられない!

確かに、お母さんの言う様に、もっと私自身についてやりたいことをやって、家庭だけでなく社会に役立つことをしたいと考えてもいい時期なのかも・・・。


夫の良介はいつも、私のやりたいということを「やればいいよ、僕が応援するから。」と言ってくれる。

でも、私の方が、あれやこれやと言い訳したり、遠慮して、結局、いろんなことを諦めてきてしまった。

夫だって、私にやりたいことが出来れば喜ぶかもしれない。


じゃあ、一体今から何をすればそれが叶う?

私は自宅の周辺を夕日のあかね色に染まる空の中、散歩しながら考えてみた。

田んぼ道を歩き、山に囲まれた景色の中を歩いた。

社会の役に立てることかぁ・・・。

3・11の時は、復興支援のボランティアにすぐにでも駆けつけたかったけど、子供たちが今よりもっと小さかったし、いけなかった。

募金だけはなんとかできたけど、もっと直接的に誰かのお役にたちたいな。

誰か、家族以外の人のことも喜ばせられることって何だろう。

それにしても、空がきれいだなぁ。山も田んぼも美しい。

そういえば、東北だけじゃなくて、私の県の美しい自然も、最近はどんどん開発が進んでいて、このままじゃ自然がなくなっちゃうんじゃないかって心配もあるのよ。

この先、日本はどうなっちゃうんだろう。


そんな時、親戚のおばさんの家の前を通りかかった。

目の前には、庭からはみ出して道路側にまで生い茂る大きなビワの木があった。

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「あ、この木、ビワの木だ。」

実を食べるだけじゃなくて、私たちが風邪を引いて咳をしてると、おばあちゃんがビワの葉をおばさんからもらってビワの葉こんにゃく湿布をしてくれたっけ。

あったかくって、気持ちよくってすぐによくなるから、おばあちゃんの魔法だねっていってたなぁ。


・・・・そうだ!

自然のケアの仕方を学んで、仕事として活かすのはどうだろう?

独身の頃、友達と行った、タイやインド旅行で体験したハーブのケアは、日本で行われている自然療法より、ずっと手軽でおしゃれで洗練された形のサービスだった。

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自然・・・ハーブ・・・。

自然環境にも貢献できるし、人の健康にも役立つことができるはずだわ・・・!


それに、母親として、子供たちにいいことであることは間違いないわね。

そして、きっと私の両親にも・・・。

次第に増えていく両親の白髪が脳裏によぎった。

そして、早速、ネットで情報収集に取りかかった。

いくつか、ハーブに関する資格講座や、健康に関するケアの資格も覗いてみた。

しかし、なかなか「これ」というものに出会えずにいた。

第2章:ハーブヨガとの出会い

そんな時、この国際ハーブヨガ協会のホームページに出会った。


まさに、運命的な出会いだった。

背中に戦慄が走る思いがした。

「私が漠然と不安に思っていたことや、それでも希望をもっていたことの全てがここにある!」


ハーブの力で日本を変えるという具体的なビジョンがあること。

年老いていく両親の世代をいかに癒やしていくかを具体的に考えていること。

それを子育て世代である私たちがいかに負担なく仕事として磨かれながら貢献していくこと。

この3つがはっきりと示されていた。


そして、やりがいを持って働きたいと思う私のような人をさらに育てることで、日本全体に広げていくお手伝いができること。

この協会がこれからの日本を変えていける可能性を感じて、震えがくるほどだった。


「この思いを、そしてこの活動を私も一緒に育てていきたい」

一番にそう強く感じた。

他の講座では、セラピストとして、あるいはヨガ講師として活動することのみが念頭におかれているけれど、この協会では、今、運良く、この活動を一緒に育て広げていく人を探している。

そして、是非、私自身がその仲間に入り、私の周りの人達や、地域、そして日本全体を癒やしていきたいと思った。

3・11以降、自分の中にフツフツと湧き上がっていた日本のために何かしたいという気持ちのために動き出せるんだ!という喜びを感じた。

そして、一緒に波を起こせる場所を見つけられたことに全身で喜びを感じた。


自分と同じように、子育てと今までの仕事をやりくりしながら自然療法やヨガを学び、そこからプロとして独立した人から直接学べる機会はきっと他には絶対にない。

この機会は、神様が私に用意してくれた絶好の機会!

そう感じ、すぐに受講を決断した。

第3章:講座を受講する 「目からウロコ体験」

まずは、早速送られてきた通信講座のための自宅学習を始めた。

大学時代はハイキングクラブに所属し、そこで夫とも知り合い、休日には家族でハイキングに行くことも多い私は、体の馬力には多少自身があった。

ヨガは初体験だったけれど、柔軟性も筋力も関係ないと聞いていた通り、ポーズも難なくこなせ、習慣にすることができた。

そして、宗夫妻の音声講義を毎日欠かさず聞いた。

その中ではハーブヨガの理論や指導方法の秘訣について扱われていたので、ハーブヨガの概念や考え方を少しずつ取り入れていった。

1ヶ月間にも及ぶYOGAOKEシステムを使った練習おかげで、一定のインストラクションをマスターできるようになっていった。

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そして、この過程で、私自身に様々な変化があった。

それは、まず、自分の体が芯から変わることを体験できたこと。

手足の末端に冷えを感じることが多かったが、始めて2週間もすると、体がいつでもポカポカと温かいと感じる様になった。

そして、生理痛がとーっても軽くなったと感じた。

通学講座初日

日本全国で通信講座を受けていた仲間達が一同に集まった。

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それでも、一つのミッションのもとに集まった仲間達だけあって、一人一人挨拶していくとみな、なんだかとても温かい感じがした。

初めて会った様な気がしない人達と出会えたと思った。


まずは、YOGAOKEと同じクラス編成で実践してみる実技チェックが行われた。

通信講座の際に勘違いしていたこともあったけれど、ここ1ヶ月のがんばりは十分に報われたことが確認出来た。

レクチャーと実技を交互に行なうプログラムであっという間に時間が過ぎた。

参加者同士が生徒役と先生役に分かれて行なうワークも取り入れられていて、和気藹々と講座は進んだ。

やはり音声講義をしっかりと取り組んだのも大きかったな・・・と自分自身の健闘を感じた。

講座で行なう、参加者同士のシミュレーションの中で発見したことは、力みとエゴの関係についてだった。

先生が言うには、緊張して力んで自信がなさそうな人というのは、自分がよく見られたいという気持ちが強すぎるというのだ。

自分が生徒さんよりエライ立場になったなんて微塵も思わないことが重要なのだという。

生徒さんが求めているのは、知識や技術以上に、自分と世界を癒やしたいという気持ち。

だからこそ、私達講師側の人間が、その思いに力みをこめず、癒やすこと。

生徒を癒やすのではなくて、常に教えている自分自身を癒やす姿勢が大切なのだ、と長年の経験から宗先生は言う。

自分自身が常に力んでいないか、自分だけを重点的にチェックすることが、大切なのだという。

このセルフチェックを常に繰り返しながら指導する技術を身につけたことで、

最初はに自信がなかったけれど、最後にはハキハキした声で伝えられるようになっていった。


やはり、家庭でパートナーと一つ一つ、ロールプレイしながら行なったことがよかったのだと感じた。

そのおかげで、思った以上に楽しみながら臨むことができた。

そして、実技クラスでは

・どんな視点から観察するのか?

・どんなどこが違うのか?

などを実践の中で学んでいった。


そして、2日目にはセラピスト試験!

試験科目は明確な内訳になっていて、ヨガクラスの指導の実技試験とハーブヨガ指導の筆記試験に分けられている。

実技試験ではヨガのポーズができるかだけではなく、アイコンタクト・笑顔・声量なども試験される。

一ヶ月間の自宅練習の中で、ヨガのポーズだけでなく、しっかりとしゃべりの練習もするプログラムになっていたから、スムーズにすすめることができた。

それでも、人に観られながら行うというのは、緊張したので、笑顔についてはこれからの課題となった。

筆記試験はマークシート形式なので時間配分をしっかりしながら、最後まで進めていった。

「きちんと努力すれば必ず結果の出る試験」と銘打ってある通り簡単ではないけれど、努力が報われるように考え抜かれた試験だった。


筆記試験で少し自信のないところはあったけれど、結果は無事に合格!

講座の受講を決めてから「受からなかったらどうしよう」と考えていたので、とびきり嬉しい結果だった。

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講座の課程を見事クリアして、ついに試験に合格した。

というのも、セラピストとして正式に認められるには、講座終了後半年以内に10回のモニタークラスを行なう必要があるとのこと。

できるだけ早くモニターを終わらせたいと決意した。

第4章:地元でモニタークラス開始!

東京で今回の講座で出会った仲間達と再会を誓って別れると、すぐにモニターになってくれる人たちを集め始めた。

場所は、自宅のリビングを片付けて家具を配置し直して、クラス開催場所にした。

時間は、子供達が学校や幼稚園に行っている平日の午前中。

平日でも、週3日の今までの在宅の仕事に差し障らない範囲で、週1~2回のペースで開催することにした。

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まずは、親しい友人たちに声をかけると、皆、興味しんしんで集まってくれた。

協会特製のハーブボールに触れて、皆、その香りの良さ、じんわりと肌や内臓が温まる気持ちよさにうっとりとした。

クラスを開始すると、私が短期間で、完璧なまでのヨガセラピストになってしまっていることに皆、本当に驚いて感動してくれた。

そして、ハーブヨガが今までに受けたどのヨガやセラピーとも違い、とても面白く、そして癒やされて気持ちいい体験ができたと口々に伝えてくれた。


もちろん、当初の目的でもあった、私の母にもモニターになってもらった。

講座を受ける前までは、母を癒やすために、どうすればいいか、全く分からなかった。

しかし、今、私には技術がある。

そして、母は一回の指導の後、足がダルイのがすごく楽になったと教えてくれた。

次の日、「とにかくぐっすり眠れたよ。そして、大量のお通じでお腹がスッキリした!」と興奮して電話をかけてきてくれた。


母が若返っていくかもしれない、と心の底からうれしさを噛みしめた。

自分自身でモニタークラスのレポートを作り、さらに改善できるよう次回に臨むことを10回繰り返した。

無料でのモニタークラス(ハーブボールの実費のみ)なのに、参加される人の多くは、

是非、あなたが資格を取得したらお金を払って参加したいと言ってくれた。

本当に嬉しかった。

そして、レポートを協会に送ると、見事合格!

これでハーブヨガセラピストとしての資格を獲得できた。

第5章:ハーブヨガセラピーのプロとして輝き始める

そこで、次なる目標は、実際に受講料を頂いてハーブヨガクラスを開講することだ。

モニタークラスに来てくださった方々や、知り合いの方達に告知してみると、すぐに3人の方が参加したいと集まってくださった。

実際にお金を頂いて私が他者を指導するということに、心から喜びを感じた。

そして、

「そうだ、私は教えることが好きだったんだ!

こんなにも喜びを感じられるなんて、教えられるって本当に素晴らしい。」

と自分自身の隠れた特性に気づいた気がした。

教え始めると、少しずつ、

「私も参加したい」
「○○さんの紹介で私もハーブヨガをやってみたい」

という方が増え始めた。

なぜなら、「朝、排便があったのに、クラスの後にもさらにお通じが出てすっきりした」

とか、「手足までポカポカするようになった」とか、参加者の方から喜びの声を頂く様になって、それが口コミでも伝わり始めたようだった。

エピローグ:さらに1年後

さらに1年後、協会から招待状を受け取った。

年間最優秀ハーブヨガセラピストに私が選ばれたのだ。

東京で行なわれる授賞式に駆けつけた。

会場には、全国のセラピストやトレーナーたちが集まっていた。

機関誌で目にしていた名前や顔の人達に沢山出会えた。

そして、宴たけなわと言う頃、私の名前が呼ばれた。

ライトと、皆の視線を一斉に浴びる。

盛大な拍手の中、賞状を受け取った。

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そして、受賞の挨拶として、

「皆さん、ありがとうございます。

こんな日が来るとは、夢にも思っていませんでした。

私は、本当に一介の主婦として色んなことに言い訳したり、諦めたりしながら今まで過ごしていたんです。

それでも、ハーブヨガに出会って、多くの人に勇気づけられ、そして私が誰かの役に立つことに本当に感謝出来る毎日を生きられるようになりました

始めは、日本を変えたい!

と、大きなビジョンに感銘して、参加したつもりでした。

でも、変えてもらったのは、自分だったんです。

家族に応援され、

生徒さんに勇気づけられ、教えることで、

一番学んだのは、私自身だったのです。


つまり、日本が本当に変わる日が来るとしたら、

こういうことなのか、と。


一人一人が自分が教わるつもりで、人に教えること。

自分が与える事、すると、自分が与えられる。

この好循環を創り出していくことしかないんじゃないのかな、と。

私のようなものが大きなことを言うのは差し出がましいですが、

私の経験したことは、自分が世界に与える事が、世界から本当の意味で自分が癒やされる

という経験でした。

世界は、本当に私にとってのハーブなんだと確信できるようになりました。

この機会を得られて、本当に感謝しています。

ありがとうございました。」


さらに3年後、美香さんは九州でも代表的なハーブヨガの指導者となり、海外でのクラスも担当するようになった。

世界にどんどんハーブヨガが広まっていくまさに一翼を担う活躍をしている。